第56話 不穏な思考と呼び出し

 会議が終わり各国の代表者たちが会議室を去る中、ある国の大使である王弟が、瞳の奥に嫌悪の色を宿していた。


(まさか聖女召喚が成功するとは。このまま聖女が瘴気溜まりを消して回ることになれば、すぐに世界中で聖女が崇められる事態に陥るだろう。そんな事態は到底看過できない)


 男は聖女を強く憎むような感情が表に出そうになったのか、キツく唇を噛み締めて視線を下げる。床を睨む男の表情は他の誰にも見えていないが、誰かが見ていたならば思わず悲鳴をあげるほどの冷たさを孕んでいた。


(この世界はリネ様が創造され、リネ様のご意志によって進むべき道に進んでいるのだ。瘴気溜まりで人類が滅ぶのであれば、それはリネ様のご意志。逆らうなどもってのほかだというのに……本当にこの世界には馬鹿ばかりだ。誰もがリネ様の尊さを理解しない)


 爪が手のひらに食い込んで血が流れるほど拳に力を入れた男は、ギリっと歯軋りをしてから内心で決意した。


(聖女はどうにか排除しなければ。そしてあの召喚魔法陣の破棄とマルティナという少女の排除も視野に入れよう。ただまずは聖女からだな。同胞たちに連絡をし、万が一にも我々の力が及ばなかった時には、リネ様にこの世界を正してもらわなければ……)


 顔に浮かんだ激情を収めたのか視線を上げた男の瞳には、未だに鋭い光が残っている。


「ジャミルト様」


 しかし側近に呼びかけられ、ジャミルトと呼ばれた王弟はすぐに穏やかな笑みを貼り付けた。


「……何かね?」

「ナールディーン王国に使者を送りますか? 聖女召喚に成功したとの報告だけでもと思ったのですが」

「そうだな……早めに送っておこう。兄上はヤキモキしているだろうからな」

 

(兄上は聖女の召喚を純粋に喜ぶのだろうな。リネ教を国教と定めている国の長だというのに、嘆かわしいことだ。私がリネ様のために動かなければ……そしていずれは、リネ教が世界を統べるのだ)


「かしこまりました」

「頼むぞ」


 そうしてジャミルトとその側近たちは、自らに与えられた客室へと下がっていった。



 ♢



 各国の代表者たちが集まり行われた会議のすぐ後。皆が退室するまでホール内に留まっていたマルティナとソフィアンが立ち上がったところで、ロラン、ナディア、シルヴァンの三人が少し慌てた様子でやってきた。


「ソフィアン様、マルティナ、今お時間はありますか」

 

 ロランの問いかけに、二人はすぐに頷く。


「大丈夫だよ。何かあったのかな?」

「聖女ハルカが、お二人を含めた私たち五人と話がしたいと呼んでいるそうです」

「……なんのお話だろうか」


 聖女が呼んでいるという事態にソフィアンの表情は少しだけ曇る。マルティナも心に不安が湧き上がり、眉が下がった。

 昨日の聖女とのやりとりを思い返す限り、良い内容での呼び出しとは思えなかったのだ。


「理由は聞きましたか?」


 マルティナの問いかけに、今度はナディアが答えた。


「理由は聞けていないのよ。聖女付きのメイドからの連絡で、わたくしたち五人を客室に呼んでいるとだけ聞いたわ」

「そうなんだ……じゃあ、すぐに行こうか。ソフィアン様もすぐ向かうので大丈夫ですか?」

「もちろん構わないよ」


 そうしてマルティナたち五人は、会議室を出てハルカの客室へと向かうことになった。マルティナが不安感から無意識のうちに胸に手を当てていると、廊下の先を見つめたままナディアが口を開く。


「もし不満や怒りなどがあるようならば、わたくしたち全員で受け止め、そして誠実に協力を願いましょう。マルティナを一人にはしないわ」

「ナディア……ありがとう」


 ハルカの客室に着いた五人は、互いに顔を見合わせてから客室のドアに向き直った。そしてマルティナが代表してノックをする。


「ハルカさん、マルティナです」


 声を掛けるとすぐに室内で人が動く音が聞こえ、中から扉が開かれた。顔を出したのは、昨日よりも表情が明るくなっていたハルカだ。


 自ら扉を開けて客室から顔を出したハルカは、扉を少し重そうに押して大きく開くと、五人を中に招き入れた。


「皆さん、わざわざ来てもらってすみません。どうぞ入ってください」

「ありがとうございます。私が扉を押さえますね」


 聖女に扉を開けさせているという事態に申し訳なくなりマルティナが申し出ると、ハルカは首を横に振る。


「いいんです、気にしないでください。メイドの方にも言われたのですが、自分で動く方が気が楽なので……」


 そう言って眉を下げるハルカにマルティナは強く押すことができず、五人は素早く客室に足を踏み入れた。

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