第55話 方針決定

 どよめきが収まり静かになったところで、全員の視線を一身に受けたソフィアンは、真剣な眼差しで告げた。


「聖女ハルカは、元いた世界への帰還を望んでいます。昨日聞いた限りでは、聖女とは異界で我々のように普通に生活をしている、一個人であるようです」

 

 衝撃的なその言葉に、会議室内には重い沈黙が流れる。しかしすぐ、どこかの国の王子が口を開いた。


「……想像とは違うようだが、聖女の力があるのは確かなのであろう? ただの一個人ならば、神のような存在よりは扱いやすいはずだ。望みなど無視して無理やり従わせれば良い」

「確かにそうですな。たった一人の犠牲でこの世界全ての民が救われるのだ。受け入れるべき犠牲だろう」

「私も同意だ」

「わたしもよ」

 

 ハルカに無理やり瘴気溜まりを消滅させよう。そんな意見に次々と賛成の声が上がる中、ある王女が凛とした声で告げた。


「私は反対ですわ。無理やり従わせて、自死でもされたらどうするのです。ここは懐柔一択でしょう。なに、素敵なドレスに宝石、見目麗しい殿方でも与えれば、喜んで従うでしょう?」

「その通りだな。わざわざ怒らせるようなことをする必要もない」

「私もそちらに賛成だな」

 

 王女の意見にも賛成の声が多数上がる中、最初に無理やり従わせればと発言した王子が、少しだけ面白くなさそうに口を開く。


「確かにそれで従うのならば楽で良い。しかし懐柔が無理な時には、無理やり従わせるぞ?」

「そうね。その時には仕方がないわ」

 

 そうしてソフィアンやマルティナが発言する隙もなく、聖女ハルカに対する方針が決まっていった。そんな会話を聞いて、マルティナは怒りを抑え込む。


(私は言える立場じゃないけど、誰もハルカさんのことを一人の人間だと思ってない……!)

 

 モヤモヤとした気持ちを必死に飲み込んでいると、ソフィアンが少し強めな声音で皆の会話を遮った。


「皆様、まずはこちらの提案を聞いていただけますか」

 

 進行役であるソフィアンの声に全員が不承不承ながら口を閉じると、ソフィアンはいつもより声音に強さを乗せた。


「聖女ハルカと話した限り、一番の報酬となるのは帰還の魔法陣研究です。ドレスや宝石などに惹かれるようには見えませんでした。実際客室に準備してあった豪華なドレスに、ほとんど興味を示していないようです」

 

 その事実に先ほどハルカの懐柔を提案した王女が、信じられないとでも言うように首を横に振った。


「聖女って不思議な女性なのね」

 

 その言葉をソフィアンは軽く流し、続きを口にする。


「したがって帰還の魔法陣研究に総力を上げると約束する代わりに、突然の召喚を謝罪し助力を誠実に願うのが一番であると思います。その上で他の報酬も提示しましょう。陛下、我が国の方針はこちらでよろしいでしょうか」

「うむ、異論ない。聖女には前向きに協力してもらえるよう、頼むべきだろう」

 

 ソフィアンとラクサリア国王の提案に、強く反論する者はいなかった。聖女と直接関わった国が聖女にとって一番の報酬となると断言してることを、すぐ却下する材料もなかったのだ。


「……分かった。魔法陣研究が進むのも喜ばしいことであるし、その方針に異論はない」

 

 一人の真面目そうな男がそう意見を述べると。先ほど無理やり従わせれば良いと言っていた王子も同意を示した。余計な一言を付けてだが。


「その方針で構わない。しかしその案で聖女の納得を得られなかった場合は、無理やり従わせるので良いな?」

 

 マルティナたちが予想していた通りの展開になったが、この意見に強く反対することはできない。なぜなら聖女の力を借りなければ、人類は滅亡するのだ。


 異界から意思に反して召喚した負目であったり、倫理観を説いたところで、現状の厳しさと天秤にかけたら、ハルカのことが軽視されてしまうのは明白だった。

 

 かといって再度の召喚を提案するなどの、代案もない。召喚は失敗した場合のリスクがあるし、成功したところでまたハルカのような被害者が生まれる可能性が高いのだ。


「……無理やりではなく、できる限り聖女ハルカの意思を汲む形を私たちは望みますが、どうしてもそれが難しい場合は、許容します」

 

 ソフィアンが躊躇いながら厳しい表情でそう告げると、王子は了承を得られたことで満足したのか口を閉じる。

 

 その話の流れを聞きながら、マルティナは自分の無力さに唇を噛み締めた。


「では明日の午前中に、さっそく聖女へ謝罪をし、助力を願い出るので構いませんか?」

 

 その意見に反論はなく、今後の方針が決まったところで会議は終わりとなった。

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