第3章 聖女召喚編
第39話 他国からの情報
聖女召喚の復活計画が始動してから一ヶ月が経過した。この一ヶ月はとにかく皆が一丸となり書物を端から読み漁ったが……目新しい情報はなく、魔法陣はいまだに全く完成が見えなかった。
そこでマルティナは少し戦法を変え、現在は魔法陣に関する技術本などを端から読んでいるところだ。
一千年前にも開発できた魔法陣ならば、現代でも開発が可能なはず。そんな安易な考えから魔法陣の勉強を本格的に始めたマルティナだったが、この戦法も相当に難易度が高かった。
まずは何よりも現在は廃れてしまった技術なので、正確な情報が残っている書物が少ないのだ。さらには一千年前と現在残っている魔法陣の情報が、同じものであるという保証がない。
「マルティナ、瘴気溜まりについて書かれていたが、重要な情報はなく棚に入れた書物があっただろう? 野草に関することが書かれたものだ。あれはどんなタイトルだったか覚えているか?」
魔法陣の歴史をまとめた本を読んでいたマルティナに声をかけたのは、眉間に皺を寄せたラフォレだ。
「野草について……『野草の美味しい食べ方』という書物だと思います。野草の採取日記の部分で魔物が生み出される黒いモヤという記載があったかと」
「それだ! ありがとう、助かった」
思い出せなかった答えを得られた爽快感でラフォレが表情を明るくすると、マルティナは不思議そうに首を傾げた。
「あの本が何かありましたか?」
「いや、先ほど読んでいた本に、瘴気溜まりの周辺に自生していた植物が書かれていたんだ。役立つかは分からないが、植物に関してもまとめておこうと思ってな」
「確かに……そういうちょっとしたことが突破口になる可能性もありますね。『野草の美味しい食べ方』は書庫ではなく開架の方に移動されています。ソフィアン様に尋ねれば場所が分かるかと。ちなみに瘴気溜まりに関する記述は七十六ページと、百十一ページです」
マルティナからの情報をメモしたラフォレは、書物がそこかしこに積み上げられている書庫を出て、王宮で働く者は自由に利用できる開架に向かった。
そしてソフィアンを探そうと視線を巡らせると……王宮図書館と王宮の廊下を繋ぐ扉が、バタンっと勢いよく開く。
そこから慌てた様子で入ってきたのは、今回の計画で各所との調整役を務めるロランだ。
「ロラン、どうしたんだ?」
ロランとラフォレはいまだに親しい関係性とは言えないが、以前よりは圧倒的に関わりが増えたこともあり、自然と会話をすることはできるようになっている。
「ラフォレ様!」
しかし祖父と孫という関係性での会話はなく、同じ仕事をする仲間としてのものだ。
「先ほど陛下から緊急の連絡が来たのですが、早く皆様のお耳に入れなければならないことが……!」
「分かった。早く書庫に入れ。私はソフィアン様を呼びにいく」
「ありがとうございます!」
それからすぐに書庫へと全員が集まり、ロランが陛下からの書状を手にして、その内容を読み上げた。
「他国へと情報提供を求めていた件ですが、立て続けに二つの隣国から返答があったようです。それによると……隣国にも、魔物が生み出される黒いモヤが発生しているとのことでした!」
ロランが一息に告げたその言葉は皆に衝撃を与え、しばらく書庫には沈黙が流れた。それを破ったのは、珍しく厳しい表情を浮かべたソフィアンだ。
「この情報が示すところは、瘴気溜まりが世界中に発生している可能性が高いということ。つまり……今は暗黒時代の始まりかもしれないね」
ソフィアンのその言葉は静かな書庫に響き渡り、皆の心をざらりと撫でた。
暗黒時代は人類が滅亡しかけた時代のことだ。そしてその時代を終わらせることができたのは、聖女召喚の魔法陣を誰かが生み出したから。
したがってここに集まる皆の肩に、人類の存亡が掛かっていると言える。
「責任重大ですね……」
マルティナがポツリと呟いた言葉に、皆が同意するよう頷いた。
「どれほどの猶予があるのか。ひと月で未だ何の進展もないというのに」
「――これは我が国だけで進行する計画ではないね」
ラフォレの言葉を引き継ぐ形で、ソフィアンが顔を上げそう宣言した。何かを決意したような表情は、王族としての風格を感じさせるものだ。
「それは、他国もこの計画に巻き込むということでしょうか?」
「その通りだよ。他国も瘴気溜まりの脅威に晒されてる以上、同じ方向を向いて協力し合えるはずだ。他国には我が国にあるもの以上の貴重な文献が残っているかもしれないし、もしかしたらどこかの国には魔法陣の情報がそのまま残っているかもしれない」
その言葉に、暗い雰囲気が漂っていた書庫に少しの明るさが戻った。
「確かにその可能性は大いにあるでしょう。過去の聖女召喚がどこで行われたのかも、我が国の文献では分かりません。これは歴史研究の観点で見ると、遠い他国の歴史を探っているようなのです」
歴史研究家の第一人者であるラフォレのその言葉が後押しとなり、聖女召喚の復活計画は開始一ヶ月で、その形態を大きく変えることとなった。
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