第29話 巨大な瘴気溜まり
「団長、川が目視できる場所まで来ました」
小声で発されたその報告を聞いて、ランバートは無言で頷くとマルティナを連れて先頭に向かう。
木々の隙間から二人が見た景色は……小石が敷き詰められた広い河原にいる、百は優に超えるだろうビッグアントの群れだった。
群れの中には街中と同様に何匹か違う種類のアント系魔物もいて、ビッグアントと争いを繰り広げている。さらに川の中にも透明な青色をしたアント系魔物……ウォーターアントがいるようだ。
「これは、川沿いの群れから溢れたのが街に来たって流れだな」
「そうですね……凄い数です。ただこの光景から推測するに、河原に瘴気溜まりがある可能性が高くなりました。そこは良かったです」
「そうだな。河原にこれだけいて森の中にはそこまで多くないとなると、川のすぐ近くにある可能性は高いだろう」
そこまで話をしたところで二人は森の中にそっと戻ると、待機していた三班の皆に今後の動きを伝えた。
「もう少し上流に向かう。この場では下流に向かっている魔物が比較的多いため、万が一瘴気溜まりがあるとすればもう少し上だろう」
「かしこまりました」
それから三班は魔物に気づかれぬよう最大限の注意を払って、川沿いの森の中を上流に向かって進んでいった。定期的に川の様子を目視して、瘴気溜まりなど何かしら不自然なものがないかを確認していく。
最初に川の様子を確認した場所から一時間ほど歩いたところで川の様子を見ると……明らかに、今までの魔物の動きとは違う動きが散見された。
多くの魔物が、上流へと向かっているのだ。
「通り過ぎたな」
「そうですね。少し戻りましょう」
ランバートの声にマルティナが頷き、今度は見逃さないようにと、三班の全員で川の様子を確認しながら下流に向かって進んだ。
そしてさらに五分。皆の瞳には……巨大な瘴気溜まりが映っていた。
瘴気溜まりは地面に接している部分から球状に広がっているが、前回が人の背丈ほどの球体だったとするなら、今回はその約二倍だ。
前回の瘴気溜まりを見たことがある面々なので、今回の瘴気溜まりの異常さが分かり、誰もが呆然と目の前の光景を見つめることしかできない。
「こ、れは……消滅は、無理です」
一番最初に口を開いたのは、光属性の騎士だ。すると次々に光属性の魔法使いが同意を示す。
「絶対に無理です」
「前回のだって、十人でギリギリだったのに……」
「今回は八人しかいません」
それらの言葉が宙に消えていくと、辺りを沈黙が包み込んだ。もしかしたら可能性があるかもなんて、楽観的なことは誰も言えなかったのだ。
しかしここで諦めると、瘴気溜まりはより大きくなってしまう。
「――とりあえず、魔物の排出速度を測りましょう。それによってここから増える魔物の数は予測ができます」
「……そうだな」
マルティナの提案で、まだ頭は混乱しているがやるべきことができた皆は、現実逃避をするように精力的に働いた。
それによってすぐに魔物の排出速度や種類に関する調査結果が出来上がり、あとは消滅を残すのみだ。
「前回の瘴気溜まりより排出速度が速く、一度に複数の魔物が排出されることから、こちらの方がより上位の瘴気溜まりである可能性が高いですね。――このまま無理だと戻るか、僅かな可能性にかけて消滅を試してみるか、どちらにしますか?」
最終決定は班長であるランバートに託すということでマルティナが問いかけると、ランバートはしばらく悩んでから消滅を試みることを選んだ。
「もしかしたら、瘴気溜まりの成長度と消滅に必要な魔力量に相関がないかもしれない。その可能性をここで確認しておきたい。しかし……魔力切れまで魔力を注いでもらうと帰れなくなってしまうので、余力を残したところで各々止めて欲しい。そこまでの光属性の魔力で瘴気溜まりがどう変化するのか、また消滅を途中でやめたときにはどうなるのか、その辺りを検証したい」
ランバートのその言葉に反対する者はいなく、皆はまず瘴気溜まりの周囲にいる魔物を倒すことになった。
「皆さん、川の中にいるのはウォーターアントです。水中では脅威ですが、陸に上がれば弱いので今は放っておいてください」
マルティナのその言葉に、騎士たちは戦闘準備をしつつ真剣な表情で頷く。
「分かりました。とにかく大量にいるビッグアントを瘴気溜まりから遠ざけないとですね。団長、全部倒すのは無理がありますから、また薬草を使いますか?」
「ああ、そうしよう。それから瘴気溜まりの周囲だけ魔物を討伐したら、さっそく消滅を試みることにする。皆は周囲でのビッグアントを牽制する班と、瘴気溜まりの近くで新たに出現した魔物を倒す班に分かれて欲しい。班分けは……」
それから数分で素早く準備を終えた騎士たちは、数人をマルティナたちの護衛に残して森の中から河原に姿を現した。
薬草の効果で一斉に群がられることはないが、近くにいる魔物は縄張りに入ってきた騎士たちを排除しようと怒りを露わにする。
「とにかく効率的に、瘴気溜まりの近くの魔物からだ」
「おうっ!」
「お前はそっちを頼む」
コミュニケーションを取り連携しながら魔物を倒していく騎士たちは、さすが実力者だ。騎士たちが魔物の討伐を始めてからものの数分で瘴気溜まりの周辺は魔物がいなくなり、ランバートはマルティナを含めた光属性の魔法使いを連れて瘴気溜まりに向かった。
「ではさっそく消滅を試みよう。皆は準備ができているか?」
「はい。いつでもいけます」
「私も大丈夫です」
光属性の魔法使いは前回と同じように瘴気溜まりを囲うよう配置につき、準備は完了だ。光属性の魔力がキラキラと輝きながら瘴気溜まりの中を流れていき、だんだんと瘴気溜まりが縮小していく。
「マルティナ、縮小の速度はどうだ?」
「……前回より少し遅いです」
「ということは、やはり人数の減少により魔力量が減ったからか」
瘴気溜まりの縮小速度が前回より早くなければ消滅の可能性は限りなく低くなるので、ランバートとマルティナは厳しい表情で瘴気溜まりを見つめた。
「瘴気溜まりは全て同じ性質を持ち、大きさと消滅に必要な魔力量には相関があると考えた方が良いのでしょうか」
「そうだな……その可能性が高そうだ」
二人がそんな会話をしているうちに一人が魔力放出を止め、また一人が止め、瘴気溜まりが三分の一ほど縮小したところで全員が瘴気溜まりから手を離した。
「ダメですね」
「やはり瘴気溜まりが大きいほど、必要な魔力量は増えるようだな。しかしこの大きさが保たれるのであれば、また皆の魔力が回復したところで……っ」
ランバートがその言葉を発した直後、瘴気溜まりがブワッと一気に膨張した。その大きさは、光属性の魔力を流し込む前と全く同じだ。
圧倒的な力を目の前にして、その場にいた全員はしばらく呆然と瘴気溜まりを見上げることしかできない。
「一気に消滅させなければ、ダメということか」
沈黙を破るように呟かれたランバートの言葉に、マルティナが厳しい表情のまま頷いた。
「そのようですね……悪い知らせとなりますが、それを知ることができただけ良かったと思いましょう」
「……そうだな。では皆、撤退する! 森の中に集まってくれ」
「はっ!」
「かしこまりました」
それから三班は森の中を足早に進み、暗くなる前には皆が避難する街まで戻ることができた。
三班の調査結果はすぐ他の騎士にも伝えられ……皆はこれからの国の行末を案じながら、長い夜を過ごした。
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