第30話 王都に帰還

 森の調査から一夜明けた今日。救援に来た部隊は半数を魔物討伐のために残し、王都に帰還することとなった。

 現状では瘴気溜まりの消滅は難しいので、それならば無闇に現地へと残るのではなく、早急に今回の事実を報告して今後の対策を練らねばならないのだ。


 マルティナ、ロラン、シルヴァンはもちろん帰還組となり、ランバートも此度の出来事を王宮へ報告するため、ここで帰還することとなった。現地に残るのは第二騎士団の団長であるエスコフィエだ。


 また光属性の魔法使いもこの場で出来ることはないということで、騎士である二名を怪我人の治癒に残して、他六名は王都に戻ることとなった。


「帰りはそこまで急がないので、全部で四日の行程を組んだ。行きよりは少し楽に移動できると思うので、頑張って欲しい」


 ランバートが帰還する皆を見回して発した言葉に、憂鬱な表情なのはマルティナ、ロラン、シルヴァン、そして数人の光属性の魔法使いだ。


 マルティナは馬車で帰りたいという意見を寸前で飲み込み、ランバートの言葉になんとか頷いた。馬車での帰還となれば倍以上の日数が掛かり、その手配に掛かる手間や追加費用を考えたら、とても口には出せなかったのだ。


「では馬に乗るように。出立だ!」

「はっ!」


 騎士たちがひらりと身軽に馬に跨る中でマルティナはランバートの手を借りて馬上に上がり、覚悟を決めて鞍を掴んだ。


「マルティナ、行けるか?」

「……はいっ」


 マルティナの答えを聞いたランバートは頷いてから手綱を握り、さっそく馬を前進させるための合図をした。



 それからの四日間は、確かに行きの三日間より楽な行程となっていた。しかしマルティナたち馬に乗り慣れない者にとって辛いことは変わらず、四日目などは誰もが気力だけで馬に乗り王都へ到着した。


 隊列は王都の大通りを進み、王宮に繋がる門を通って中庭で足を止める。現在は空が茜色に染まる夕方で、帰還した皆を迎えるのは王宮に残っていた騎士団の面々と、数人の官吏だ。


「マルティナ、着いたぞ」

「やっとですね……」


 ランバートに声を掛けられたマルティナは、疲労の色が色濃く顔に出ていて、誰が見ても心配の声を掛けるような有様だった。

 しかしマルティナは馬が完全に止まって地面に降りてからも、なんとか座り込まずに耐える。


 行きは降りた瞬間に倒れ込んだことを考えると、やはり四日間の行程にした効果はあったのだろう。


「マルティナ、なんとか無事か……」

「もう私は馬には乗りたくない……」


 マルティナの下に、同じく疲労困憊なロランとシルヴァンがやってきた。


「はい。大丈夫……だと思います。ちょっと体に力が入らないですが」

「それは大丈夫だ。俺もだからな」

「私もなぜか手が震えていて、力が入らん」

「今日はもう休みましょう。ランバート様、本日はこれで解散となりますか?」


 疲れを見せない様子で馬の世話をしていたランバートにマルティナが問いかけると、ランバートはすぐに頷いて苦笑を浮かべた。


「ああ、今日はもう解散だ。皆はすぐにでも休んだ方が良いな。今にも倒れそうだ」

「やはりそう見えますか? 寮に戻ったらすぐ寝ることにします。……あっ、今回の報告は私が同行する必要はないでしょうか。特に私の知識によって判明した新事実などは、なかったように思うのですが……」

「そうだな。今回は私が軍務大臣に報告をする。それによって今後の動きが決まり、また政務部にも通達がいくだろう」

「分かりました。ではその時のために体力を万全に回復させておきます」


 マルティナたちは消滅に失敗した瘴気溜まりの存在を思い出し、王都に到着したことで緩んでいた頬をまた引き締めた。


 それからランバートと別れた三人は官吏の独身寮を目指し、共に重い足を動かしていた。王宮の広さを今ばかりは恨めしく思っているのか、三人の視線は長い廊下の先を睨んでいるように見える。


「そういえばロランさん、明日って仕事はあるのでしょうか」


 マルティナが何気なく発したその言葉に、ロランは嫌そうな表情を浮かべながらすぐ首を横に振る。


「そんな辛い想像をさせないでくれ……明日から数日は、遠征の振替で休みになるはずだ」

「そうなのですね。それは良かったです」

「……だが領地でのことを、報告はしなければいけないのではないか」


 シルヴァンが発したその言葉に、ロランは確かにと小さく頷いた。


「……面倒だが報告だけはすぐにするか。たださすがに今日は無理だから明日だな。午後にでも報告書をまとめて皆で出しに行こう」

「分かりました。では明日は……昼前には起きますね」

「ああ、俺も昼までは寝てる」

「私は……しっかりと朝七時には起きて紅茶を飲み、毎朝の日課であるストレッチと読書をする。貴族たるもの、どんなに疲れていてもこれぐらいは当たり前だ」


 少しだけ躊躇いながら発されたシルヴァンの言葉を聞いて、マルティナとロランはパチクリと瞳を瞬かせながら顔を見合わせた。


 そしてロランがニヤリと笑い、シルヴァンの肩に腕を乗せる。


「……昼まで寝てる休日は最高だぞ?」

「私は、そのような下賎な行いはしない!」

「ちゃんと寝ないと疲れが取れませんよ?」

「無理に朝起きて、体調崩したら大変だぞ?」


 二人の言葉にシルヴァンは眉間に皺を寄せて悩み、しばらくすると小さな声でポツリと呟いた。


「……明日だけは、日課を行わないことにしよう」


 その言葉を聞いてロランがニヤニヤと笑みを浮かべ、マルティナが嬉しそうに頬を緩めていると、シルヴァンは途端に恥ずかしくなったのかロランの腕を跳ね除けた。


「お前たち、馴れ馴れしいぞ!」

「はいはい、そうだな」

「シルヴァンさんは近い距離感に慣れてないんですよね」


 強い口調で叫んだシルヴァンに全く怯まない二人は、笑顔のままシルヴァンの隣を歩いた。


 それから三人がなんだかんだ仲良く寮に入ると、そこにはちょうどナディアがいた。ナディアは三人の様子を見て瞳を見開き、少しだけ悔しげな表情でマルティナの手を握る。


「なぜそんなにもシルヴァンと仲良くなっているの? シルヴァン、あなたは平民がこの場にいるのが嫌だったのではなくて?」

「ナディア……怒ってる?」

「別に怒ってはいないけれど、マルティナの一番の親友は私よ!」


 シルヴァンに対して発されたナディアのその言葉を聞いて、ロランがガクッと体を傾かせた。


「なんだよ、そっちかよ」

「……他に何があるって言うのよ?」

「いや、普通に考えたらナディアがシルヴァンのことを密かに狙ってて……いや、それはないか」


 今までの言動からあり得ないと自分の中で結論がついたのか、ロランはすぐに発言を撤回した。するとナディアはすぐに頷いて見せる。


「ええ、それだけはあり得ないわ。わたくし、身分で人のことを決めつけるような方は好きではないの」

「……悪かったな」

 

 ナディアの言葉にシルヴァンが小さな声で謝罪を述べ、それが辛うじて聞こえたナディアは驚きというよりも、訝しげな視線を向けた。


「……偽物かしら?」

「ずっと一緒にいたから確実に本物だよ」

「そうよね……」

「まあ、今回の遠征で色々あったんだ。後でマルティナから聞いてくれ。それよりも俺たちは疲れたから寝る」


 ロランのその言葉でとりあえず納得したナディアは、ふと何かを思い出したような表情で口を開いた。


「そういえばわたくし、皆さんが到着したことを聞いて、食事の準備を頼むためにここにいたんだったわ。そろそろ出来上がると思うから、食べた方が良いのではないかしら。その方が回復するわよ」

「本当? ナディアありがとう。実はお腹空いてたんだよね」

「それはありがたいな」

「……感謝する」


 そうして三人はできたての食事をとり、汗を流して早々に眠りについた。

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