第27話 救助とシルヴァン

 街の中に入った騎士たちは、予想以上の魔物の数にかなりの苦戦を強いられていた。

 薬草によって確かに魔物が近づいては来ないのだが、それは遠くにいる魔物限定のため、例えば曲がり角などで至近距離で魔物と相対すると、その都度戦わなければならない。


「誰かいますかー」

「いたら声を出してください。私たちは救助に来た騎士です」


 一つ一つの建物に声を掛けて、内部を見落としなく確認していく。たとえ声が返って来なくとも、声を出せない生存者がいる可能性を考えて、全てを確認するのだ。


「た、助けてくれ……!」


 弱々しい声が騎士団員の耳に届き、三人一組となっている騎士たちは全員が動きを止めた。


「もう一度声を出してください!」

「こ、こだ、ここにいる……!」


 声は騎士たちがいる廊下の、奥にある部屋から聞こえているようだ。慎重な足取りでその部屋に向かった騎士が扉を開けると、そこには足を怪我した老人が床に倒れ込んでいた。


「大丈夫ですか!」

「ありが、とう……もうダメかもしれないと」

「そんなことはありません。私たちが来たからには、助かりますから安心してください」

「この建物に他に人はいますか?」

「いや、わしは……知らない」

「分かりました。ありがとうございます」


 騎士たちは手慣れた様子で老人の様子を確認し、怪我は足だけだと分かるとすぐに一人の騎士の背中に老人を括り付けた。


「辛いかもしれませんが、これが早いので少し我慢してください。すぐ街の外に向かいますので」

「本当に、ありがとうございます」


 それから騎士たちはできるだけ魔物を避けて街の外に向かい、十分ほどで老人を街の外に救出することに成功した。

 街の外に出たらそこに待機している騎士に引き渡し、老人は担架に乗せられる。


「ではあとは頼む。俺たちはまた中に向かう」

「分かった。要救助者は任せてくれ」


 担架に乗せられた老人は今度は別の騎士たちに、街から少し離れた場所にあるマルティナたちが待機している場所まで運ばれた。


「また一人要救助者だ。足に怪我をしているので応急処置を頼む」

「かしこまりました。そこに寝かせてあげてください。初めまして、もう大丈夫ですよ」


 敷かれた布の一つに寝かされた老人にマルティナが声を掛け、光属性の魔法使いが救護用品を運んできた。

 治癒は魔力をかなり消費するので、治癒をしなければ危険な者にのみ使用するため、基本的には一般的な処置を行う。


「私は官吏のマルティナと言います。お名前と住んでいた場所、家族構成を教えてください」

「わ、分かった」

「ゆっくりでいいですからね」


 聞き取った情報はリストに記され、綺麗にまとめられていく。すでに要救助者の数は二十人を超えていて、その中の半数が怪我人だ。


「マルティナ、また要救助者が来るぞ。起き上がれる者には場所を空けてもらってくれ」

「分かりました。シルヴァンさん、こちらの方が話があるそうなので、聞いてもらえますか?」

「分かった。請け負おう」


 シルヴァンはカドゥール伯爵家の人間として、領民である要救助者たちからの不安の声、不満の声に答えていた。

 貴族至上主義を掲げるカドゥール伯爵家の評価はお世辞にも良いとは言えず、シルヴァンは辛い言葉を浴びせられることも多いが、それでも感情的になることなく真摯に皆へ向き合っているようだ。


「あいつ、ちょっと変わったか?」

「そうかもしれませんね……もっと仲良くなれたら嬉しいです」


 シルヴァンを横目に呟かれたロランの言葉に、マルティナが嬉しそうな笑みを浮かべた。


「そうだな」


 それからも皆は忙しく動き回った。辺りが暗くなり始めるまで救助活動は続き、街中に入っていた騎士たちが全員戻ってきた頃には、もう辺りは真っ暗だ。


 全員の点呼をとったところで、代表してエスコフィエが口を開く。


「皆、ご苦労だった。本日の活動はこれで終わりとする。すでに要救助者には近隣の街へ移動してもらっているが、私たちもそこへ向かう。明日は早朝からまた救助活動の続きだ。今夜はしっかりと休むように」

「はい!」

「では暗いので逸れないよう気を付けてくれ」


 近隣の街までは歩いて三十分ほどで、マルティナたちを含めた皆は問題なく街に到着した。


 この街には魔物に蹂躙された街よりも頑丈な外壁があるため、まだ被害は起きていない。しかし自力で逃げ出すことができた住民たちも多数逃げ込んでいるため、街中は混乱気味だ。


「これは、時間が経つほどに不満が溜まってヤバいかもしれないな」


 そんなロランの言葉に、シルヴァンは唇を引き結んでから小さく口を開く。


「……どうすれば、良いのだろうか。私の力は、とても小さいのだな」


 その呟きが耳に届いたロランとマルティナは、顔を見合わせてからほぼ同時にシルヴァンに視線を向けた。


「そんなの当たり前だ。俺たちは皆で助け合って生きてるんだからな」

「一人の力は小さくても、皆で力を合わせれば大きなものになるんです。ほら、私だって飛行ができる騎士団の方がいなければ役立たずでしたし、たとえ地図を作れたとしても私は街中に救助に向かえる実力はありません」

「今日のお前は頑張ってたと思うぞ。今日みたいに、少しずつ手の届く範囲からやっていけばいいんだ」


 二人からの言葉を聞いたシルヴァンは、瞳を丸く見開き二人の顔を交互に見た。そして自分の手のひらに視線を落とし、しっかりと頷いて見せる。


「……そうだな。明日も今日のように力を尽くそう」

「はい。明日も頑張りましょうね!」

「じゃあ、今日はもう寝るかぁ」

「いや、まだ夜ご飯を食べてませんよ。私もう、お腹がぺこぺこです」

「はは、確かにな」


 シルヴァンが明るく話をするマルティナとロランを後ろから見つめていると、シルヴァンが付いてきていないことに気づいたマルティナが振り返った。そして笑顔でシルヴァンを呼ぶ。


「シルヴァンさん! 早く行かないと、夜ご飯なくなっちゃうかもしれませんよ」


 その言葉を聞いたシルヴァンはふっと笑みを溢し、いつものような自信ありげな笑みを……しかし棘を感じさせない笑みを浮かべた。


「私をお前のような食いしん坊と一緒にするな。貴族である私は少し食事を抜くぐらい問題はない」

「またお前は、そういう言い方を……」

「ロランさん、いいんです。なんだかもう、この方がシルヴァンさんって感じがしますし。それに変わってないように思えて、変わってるのが分かりますから」


 マルティナのその言葉を聞いたシルヴァンは、照れたのか耳を赤くしながら二人から顔を背けた。


「別に私は何も変わってていない」

「ふふっ、そうですね。そうだ、シルヴァンさんって何が好きなんですか? 好きな食べ物です。私は悩みますけど煮込み料理が好きで」

「……私はステーキだ」

「おおっ、意外とがっつりなんですね」

「別にそういうわけではない。貴族の食事で出てくるステーキは、とても繊細な焼き加減とソースの複雑な味でそれは美しい料理に仕上がっているのだ」


 それから三人は今までよりも明らかに距離を縮め、共に夕食をとり眠りについた。

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