第26話 地図作成と準備完了

 飛行が使える騎士団員にランバートが話を通し、すぐに準備は整った。マルティナと団員の体は布で結ばれ、万が一にもマルティナだけが落ちないように固定されている。


「飛行はそんなに長時間は無理だ。街を往復二回ほどが限界だと思うが、大丈夫か? それに一ヶ所に留まることはできない」

「はい、大丈夫です」


 他人に命を預けるという状況に緊張しつつもマルティナがしっかり頷くと、騎士団員は深呼吸をしてから魔力を練った。

 そして一人で飛ぶ時よりも魔力を多めに使い、足のバネも利用して空に飛び上がる。


「きゃゃあぁぁぁ………っ!!」


 あまりの上昇速度にマルティナは思わず叫んでしまったが、なんとか途中で口を手で塞ぎ叫び声を止めた。あまりに大きな音を出して、魔物に気づかれてしまったら大変なのだ。


「大丈夫か?」

「は、はい、うるさくして、すみません」

「大丈夫だ。ではいくぞ」


 風圧が顔や体に掛かり少し息苦しく感じる中、二人は一気に街の上空に辿り着いた。上空から眺めた街の中は、まさに魔物だらけだ。


「うわっ、こんなにいるのか」


 マルティナは街の上空に差し掛かったところで、怖さよりも使命感が勝ったのか、真剣な表情で街の様子を目に焼き付ける。


 大通りや建物の屋上、建物内にまでひしめく魔物は視界から排除して、ひたすら街の作りだけを記憶していく。建物が壊れて行き止まりとなっている場所、逆に建物の倒壊によって通れるようになったところ。


 まさに現在の街の様子を、完璧に記憶する。


「折り返すぞ」

「はい。今度は東寄りをお願いします。あちらの路地がここからだと見えづらくて」

「分かった」


 それから数分で二人は空中飛行を終え、皆が集まる場所に戻った。


「戻りました」

「どうだ、地図は描けそうか?」

「――描けます」


 ランバートの問いかけにマルティナが真剣な表情で頷くと、すぐに紙とペンを準備したのはロランだ。


「これを使え。大きい紙は持ってきてないんだが、この大きさの紙なら何枚もある」

「ありがとうございます」


 外で文字を書くときに使う板と共にマルティナは受け取り、その場に座り込むと迷いない手つきでペンを動かし始めた。必要最低限の情報だけが盛り込まれた簡易の地図だが、その完成度はとても高い。


「凄いな……」

「マルティナは記憶力も凄いですが、それを外に伝える能力もかなり秀でていると思います」

「本当だな」


 ランバートとロランが近くでそんな会話をしているが、すでにその声もマルティナの耳には届いていないようだ。


 一枚、また一枚と地図が完成していく。十枚目の地図を描き終えたところで、やっとマルティナは顔を上げた。


「終わったのか?」

「いえ、まだです。しかし街の一部の地図は完成していますので、それを使って住民の方々の救出作戦を考え始めることはできるかと思います。裏面に数字が記載されていますので、左上から縦に五枚ずつ並べてください」


 それだけを告げるとまた地図を描く作業に戻ったマルティナに、ロランは頼もしい表情で頷く。


「任せておけ」


 地面に並べられた十枚の紙は、しっかり合わせると正確な地図となった。

 騎士団員が道に迷わないように、そして捜索した場所には印をつけられるように、それだけを考えてほぼ道しか描かれていない地図だが、今回の作戦で使うのには十分だ。


 皆で地面に並べられた地図を覗き込み、騎士たちをいくつもの班に分けて捜索場所を割り振っていく。

 数人の騎士で近くの森に入り、薬草の準備も完璧だ。


「この場所はかなり路地が入り組んでいるな。街中の捜索に慣れた者を派遣しよう」

「救助した住民の管理については、私とシルヴァンにお任せください」

「分かった。ではリスト化を頼む。光属性の魔法使いたちとも連携してくれ。重症者は治癒を頼みたい」

「団長、救助した住民たちが待機する場所にも、薬草を撒いておきますか?」

「そうだな。余っていたら撒いてくれ」

「かしこまりました」


 誰もが自分の役割を果たして準備は着々と進んでいき、マルティナが最後の一枚を描き終え顔を上げた時には、今すぐにでも街中に入ることができる状態だった。


「お待たせしました。最後の一枚です」

「ありがとう。ではこの場所を捜索する班が受け取ってくれ」

「はっ」


 最後の一枚を手渡したマルティナは、ペンを置いて疲れた表情で立ち上がる。そんなマルティナに、騎士たち全員の視線が集まっていた。


 代表して口を開いたのは、ランバートだ。


「マルティナ、本当に助かった。君のおかげでより多くの住民を救うことができるだろう。そして騎士団への被害も最小限に抑えられるはずだ」

「最初は能力を疑って悪かった。話には聞いていたが、まさかここまでとは……君のその才能は本当に素晴らしいものだ。これからもこの国のために力を振るってほしい」


 続けて口を開いたのはエスコフィエで、二人の団長からの賞賛に、マルティナは少し照れながらも一歩前に出た。


「お役に立てたのならば良かったです。ただ私ができるのはここまでですので、この先はよろしくお願いいたします」

「もちろんだ。あとは騎士に任せて欲しい」


 マルティナの言葉に全員の騎士が瞳に力を宿して頷き、ランバート、エスコフィエの合図によって、一斉に街へ向かって一歩を踏み出した。


 ここから先は、騎士たちの仕事だ。

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