第19話 消滅を試みる

 初回の調査から数日後の昼間。マルティナたち調査隊はそれぞれが考察した瘴気溜まりの消滅法を試すため、また瘴気溜まりがある森の中に来ていた。


「まずは私の方法から試しても良いかしら? これ重くて大変なのよ」


 魔物研究をしている女性が掲げたのは、瓶に入った液体だった。


「ほう、魔物除けの薬か」

「ええ、たくさん準備したわ。これを瘴気溜まりに掛ければ、魔物が嫌がって出てこなくなるんじゃないかと思って」

「確かに可能性はありますね……騎士が撒きます。特別なやり方などがあれば教えてください」


 ランバートのその問いかけに、女性は首を横に振ってニヤッと楽しげな笑みを浮かべた。


「ないわ。本当ならそれを水で薄めるんだけど、今回は原液をそのまま掛けちゃおうと思って」

「分かりました。確かにそれは効きそうですね」


 ランバートが手にした瓶を一人の騎士に手渡し、全員が瘴気溜まりから少し距離をとった。そして液体を掛けた騎士も仕事を終え、その場から下がる。


 とりあえず、魔物除けの液体を掛けられたことによる、瘴気溜まりの目に見える変化はない。


「普段通りなら、あと十秒で魔物が現れますね」


 そう呟いたマルティナの声に、他の人たちが無意識に生唾を飲み込みその時を待つと……ぴったり十秒後、いつも通りの時間に魔物がボトリと生み出された。


 しかし生み出された魔物の様子はいつもと違い、地面に降り立った瞬間に激しく叫びながら暴れ始める。


「グォォォォォ!!」

「早く討伐を……っ」

「かしこまりました!」


 数名の騎士が対処したことですぐに魔物は息絶えたが、悪い方向への変化に皆の顔色は悪い。


「今のは魔物除けの薬が影響したのよね」

「そうだろう。魔物を生み出すことを止める効果はなく、生み出された魔物が突然の刺激に半狂乱になるようだ」

「この方法は失敗ね」


 それからは魔物除けの薬を流すために、水魔法や風魔法で騎士たちが後片付けを行い、なんとか薬を撒く前の状態に戻すことができた。


「では次は僕の方法を試してみても良いでしょうか? 僕が考えたのは瘴気溜まりを地中に埋めるというものでして、というのも一言で土と言っても土には多種多様な成分が含まれています。その中でも強い成分があり、それには周囲の物質を変質させるような効果もあるのです。したがって今回は瘴気溜まりを――――」


 地質を研究している男性がボソボソと小さな声で理論を説明し、誰もが理解できない部分に説明が達したところで、ラフォレが一歩前に出て話を遮った。


「とりあえず、実際にやりながら説明してくれないか? そうでないと理解しづらい」

「確かにそうですね……では土属性の方々はこちらに集まってもらえますか? この物質を土に混ぜ込み、瘴気溜まりをその土で覆って欲しいんです」


 今回の検証のために招集された三人の騎士たちが一ヶ所に集まり、まずは辺り一帯から広く土を集めた。無数の土が宙に浮かぶ様子は目に楽しく、マルティナは瞳を輝かせている。


 宙に浮かべた土に瘴気溜まりを変質させる可能性がある物質を混ぜ込んだところで、三人は顔を見合わせてタイミングを図り、瘴気溜まりが隠れるように土塊を作り上げた。


「これで良いでしょうか?」

「はい! 完璧です……!」

「これはどの程度で効果が出るものなのだ? 何ヶ月も待たなければいけないのでは、意味がないぞ」


 眉間に皺を寄せながら発されたラフォレの問いかけに、地質研究者の男性は猫背の背中を少しだけ伸ばして口を開いた。


「大丈夫です。完璧に消し去るのには時間が必要だと推測されますが、効果のあるなしを判定するだけならば数十分で分かると思います。魔物の出現する間隔が少しでも伸びれば成功だと思ってください。それから瘴気溜まりの大きさが小さくなっているのでも同じことです」

「ふむ、数十分なら問題はないな。では少し待とう」


 それから各々好きなように時間を潰して数十分後。瘴気溜まりにはなんの変化も現れず、魔物も土塊の外側に出現していたことから、この方法も空振りに終わった。


 その後も各種属性による魔法攻撃や、悪を祓うなどという言い伝えのある薬草を投げ入れてみたり、さまざまな方法で瘴気溜まりの消滅を試みたが……効果があるものは一つとしてなかった。


「やはり瘴気溜まりは、光属性の魔法でないと消滅させるのは無理なのだと思います」


 全ての検証を見ていたマルティナが発した言葉に、ランバートも頷き眉間に皺を寄せた。


「そのようだな。しかし光属性の魔法使いは集めるのに苦戦していると聞いた。現状の人数で消滅が叶えば良いのだが……」

「とりあえず、陛下にご報告しなければなりませんね」

「ああ、王宮に戻り次第、私が報告に向かう。それによって今後の動きが決まるだろう。……皆さんもここで一度王宮に戻りましょう。今後についてはまた書状が出されるはずです」


 そうして瘴気溜まりの調査隊は、大きな成果を上げることはできず仕事を終えることになった。

 マルティナはまた瘴気溜まりから生み出された魔物をじっと見つめ、僅かに顔を顰めながら唇を引き結んだ。

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