第20話 光属性の魔法使い

 王宮にある国王の執務室では、ランバートからの報告を受けて国王と軍務大臣が話し合いをしていた。


「やはりそう簡単に、瘴気溜まりは消滅させられないようだな」


 報告書を読み終えた国王が大きなため息を溢しながら顔を上げ、眉間の皺を指先で揉みほぐす。


「はい。第一騎士団長からの報告では、やはり光属性の魔法使いを集めるのが急務だろうと締め括られております。しかしこちらも難航しておりまして、現状ではすぐに出動可能な者が騎士団員を入れて十名ほどかと」

「十名か……しかし膨張しているとなると、時間をかけるほどに必要人数が増える可能性もある。ここは現状の人数で、一度向かってもらうのが良いのではないか?」


 その提案に軍務大臣は少しの逡巡を見せたが、すぐに頭を下げて肯定の言葉を口にした。


「かしこまりました。ではそのように手配をいたします」

「頼んだぞ。……問題は、これでダメだった場合だな。聖女召喚については情報が集まっているか?」

「……いえ、こちらの方がより難航しておりまして、未だ追加情報がないのが現状でございます。本格的に聖女召喚をお考えになるのであれば、そのために人員を集めて計画を立てるべきでしょう」


 次々と出てくる暗い話題に執務室は重い空気に包まれ、そんな中で二人はほぼ同時に溜息をついた。


「とりあえず、光属性の魔法使いを派遣してから、今後のことは話し合おう」

「かしこまりました。では派遣準備を進めます」

「ああ、頼んだぞ」


 


 ♢ ♢ ♢




 瘴気溜まりの消滅を試みた調査隊の仕事日から約一週間が経過し、本日はついに光属性の魔法使いが現場へと派遣された。


 この場にいるのは護衛の騎士と光属性の魔法使い、さらにはランバート、マルティナ、ラフォレの三人だ。

 調査隊は活動休止となったので他三人の研究者は来ていないが、ランバートは騎士団として、マルティナは光魔法の使い方を指示するため、またラフォレは瘴気溜まりについてを書物に記すため、個人でこの場所に来ている。


「マルティナ、どうやって魔法を使えば良いのか指示を頼む」

「かしこまりました」


 大役を任され緊張の面持ちのマルティナは、無意識なのか胸元の服をギュッと掴み深呼吸をしてから、真剣な表情で口を開いた。


「光属性の魔法使いの皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。瘴気溜まりを光魔法で消滅させる方法を各種書物から読み取った結果、光属性の魔力を直接瘴気溜まりに流し込むことが必要なようです」


 基本的に魔法を発動させる時には、体内で練った魔力を魔法現象として体外に放出する。したがって魔力のまま外に出すというのは、魔法の熟練者でも経験がない難しい技術だ。


「魔力のまま……」

「そんなこと、初めてです」

「特殊な魔力の使い方で戸惑われるとは思いますが、全員でタイミングを合わせなければならない、などということはないと思いますので、気負わずに参加していただけたら幸いです。皆様、どうかよろしくお願いいたします」


 深く頭を下げたマルティナを見て、戸惑っていた魔法使いたちの表情が真剣なものへと変化した。


「分かった。できる限りやってみよう」

「瘴気溜まりには直接触れても良いのですか?」

「はい。それは検証済みで、触れることによる悪影響はありません。しかし魔物が出現するすぐ近くに足を止めることになりますので、魔物による攻撃には十分お気をつけください」


 それから十人の魔法使いたちは話し合いを行い、瘴気溜まりを丸く取り囲むようにして魔力を流し込むことに決めた。


「では皆、できる限りの魔力を注いで欲しい。街を救うため、そしてこの国のためによろしく頼む」

「はい。全力を尽くします」


 ランバートの言葉に頷いた魔法使いたちは、徐に両手を伸ばし瘴気溜まりに触れると、魔力の放出を開始した。


 光属性の魔力は人間の瞳にはキラキラと輝く光の波のように映るようで、この場に集まる全員の視線が十人の魔法使いと瘴気溜まりに釘付けになる。


 暗く澱んだ瘴気溜まりの中に光の波がどんどん流れ込んでいき、次第に瘴気溜まりには変化が生じた。


「明らかに小さくなっていますね」


 ポツリと呟かれたマルティナの言葉に、期待と緊張が入り混じった声音でランバートが返答する。


「ああ、これならば消滅の可能性も……」


 しかしランバートがそう発した直後に、一人の魔法使いがガクッと膝から崩れ落ちた。魔力を使い果たしたのだろう魔法使いは、そのままその場で倒れ込んでしまう。


 魔法使いにとって魔力とは、一定以上に量が減ると強い倦怠感や頭痛、吐き気が引き起こされるのだ。場合によっては意識を失うこともあり、基本的には魔力を一割は残すようにと教えられる。

 

「救護を!」


 ランバートの叫びに数名の騎士が素早く動き、倒れた魔法使いを瘴気溜まりから離れたところに運んだ。するとその直後、今度は瘴気溜まりから魔物が出現する。


 その魔物はすぐ騎士によって倒されたが、魔物を回収する前にまた一人の魔法使いが倒れ込んだ。


「魔物はそのままで良い! 魔法使いの安全を最優先にしろ!」

「はっ!」


 それからも一人、また一人と魔力が少ない者から倒れていき、残りが三人となったところで……瘴気溜まりが小さくなる速度が、急激に上がった。


「あと少しで消滅するはずです! もう少し踏ん張って欲しいです……!」


 その様子を見てマルティナが声を掛けると、三人の魔法使いは唇を噛み締めて気合いを入れる。


 そしてそれから数十秒後――黒く澱んだモヤである瘴気溜まりは、跡形もなく消え去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る