第18話 初回の瘴気溜まり調査
調査隊の会議が行われてから三日後の昼間。マルティナたち調査隊の面々は第一騎士団の護衛の下、瘴気溜まりを実際に目にしていた。
「これが瘴気溜まりか……今までの人生で一度も見たことがない現象だな」
「本当に魔物が生み出されているのね。不思議な光景だわ」
「宙に浮いているのではなく地面に接しているようですので、何かしらの作用を地面に及ぼしている可能性がありますね。またはこの土地の地質が、瘴気溜まりを生み出している可能性も考えられます。さらに地質が変質することによって、特殊な物質を作り出す例も少なからずありますので……」
「植物には今のところ変化がなさそうですね〜。成分などを調べてみないと分かりませんが」
研究者たちは瘴気溜まりを自由に見て回り、各自の専門分野からさっそく考察を始めた。マルティナはそんな四人のことを少し離れたところから眺めつつ、瘴気溜まりをじっと見つめて首を傾げている。
「マルティナ?」
そんなマルティナの様子に気づいたのは、近くにいたランバートだ。
「何か気づいたことでもあるのか?」
「……ランバート様、瘴気溜まりの周囲にある植物や石などは動かしましたか?」
「植物や石とはどれのことを指すのだろうか。そこらに生えている雑草か?」
「そうです」
「自然に動いてしまったものはあるだろうが、意図的には動かしていないな」
ランバートの答えを聞いて、マルティナは厳しい表情で黙り込んだ。いろんな角度から瘴気溜まりを確認して、顔の前に手を伸ばして何かを測っている。
「どうしたのだ?」
「ランバート様……もしかしたら、瘴気溜まりは少しずつ膨張しているかもしれません」
マルティナのその言葉はやけに響き渡り、この場にいる全員の耳に届いた。沈黙に包まれた辺り一帯に、ちょうど瘴気溜まりから出現した魔物の叫び声と、近くにいた騎士が剣を振るう音だけが響く。
魔物が息絶えてまた沈黙が場を包んだところで、マルティナがゆっくりと口を開いた。
「……先日こちらへ来た時に、私はこの位置から瘴気溜まりを見ました。その時にはあちらに見える黄色い花が咲く雑草は、風に揺れても瘴気溜まりに掛かっていなかったんです。しかし今は、風にゆらめくと左側の花びらが瘴気溜まりに触れてしまいます。また左上にある木の枝なのですが、そこに茂る葉と瘴気溜まりとの距離が明らかに近づいています」
その説明を聞いた研究者と騎士たちは、二重の驚きですぐには言葉を発せなかった。
もちろん瘴気溜まりの膨張という事実は衝撃的なもので、すぐに真偽を確認しなければいけないのだが……それと同じぐらい皆に衝撃を与えたのは、マルティナの底知れぬ能力だ。
「マルティナ……もしかして君は、本の内容だけでなく見た景色も全てを記憶しているのか?」
恐る恐る問いかけたのは、マルティナの一番近くにいたランバートだった。
「いえ、景色全てというわけではありません。しかし記憶しようと思って見た景色は、寸分違わずに覚えていることができます。瘴気溜まりはしっかりと記憶に残しておこうと見ていましたので、変化は確実だと思います」
マルティナの異次元の能力については理解したつもりであった面々も、新たに明かされたマルティナの可能性には驚きを禁じ得ず、研究者たちは関心とも呆れとも取れる声音で口を開いた。
「本当に信じられないわね」
「マルティナの才能について、後世に残すべきだな」
「とても羨ましい能力です。地質研究をしている者は誰もが欲しがるでしょう。世界中を巡って見た景色を全て記憶しておけるなんて……」
「植物の形を描かなくとも覚えておけるのは、羨ましいですね〜」
皆からの賞賛にマルティナは笑顔で応じつつ、瞳には厳しい色を宿したままだった。そんなマルティナを見て、ランバートも事態の深刻さを重く受け止め瘴気溜まりに話を戻す。
「皆さんは瘴気溜まりが膨張するという事実から、何か推測できることはあるでしょうか」
「そうね……膨張ということは成長でしょう? それならば、何かしらのエネルギー源があるかもしれないわね」
「その可能性は大いにあり得ますね。何かしらを取り込んで成長しているのだとしたら、その大元をなくせば瘴気溜まりも消えるかもしれません。しかしその大元が固体なのか液体なのか気体なのか、近くにあるのか遠くにあるものなのかも分かりませんので……」
この場でこれ以上の考察は難しいのか皆が黙り込んだところで、また魔物が出現し、それがきっかけとなって各々視線を瘴気溜まりに戻した。
「とにかく、早めに消滅させないとまずいわね。瘴気溜まり自体が大きくなっているなら、出現する魔物も段々と巨大化するかも知れないわ」
「その可能性はありますね〜」
「では、調査に戻るとしよう」
それからは一時間ほどの時間をかけてそれぞれが瘴気溜まりの調査をし、数日後に今度は瘴気溜まりの消滅を試みることで意見が一致したところで、初回の調査は終わりとなった。
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