第4話 特異な能力
マルティナの的外れな心配に、ロランは苦笑を浮かべつつ口を開く。
「体力の心配かよ。それはそのうち慣れるから大丈夫だ。最初はたくさんの仕事は振らないしな。それよりも本当にこのまま説明を進めて大丈夫か? メモとか取らなくてもいいのか?」
そっちの方が心配だと問いかけたロランの言葉に、マルティナは不安そうにロランの顔を見上げた。
「……問題ないのですが、メモを取った方がいいでしょうか? 不真面目だと見られてしまいますか?」
「いや、別に仕事がちゃんとできれば何も言われねぇけど」
「それなら良かったです。この程度の分量ならば記憶に問題はありません。というよりも私は一度聞いたこと、読んだもの、見たものは絶対に忘れませんので」
マルティナがさらっと発したその言葉に、ロランは自分の耳を疑ったのか眉間に皺を寄せた。
「絶対って、本当に絶対か?」
「はい。今まではそうでした」
自信ありげなマルティナの様子に、ロランはどう判断して良いのか戸惑う。これが普通の新人官吏だったら一笑に付するところだが、試験を満点で合格したマルティナの言葉だ。
「……じゃあ、ちょっと試してみてくれないか? これは第一騎士団の団員リストだ。名前と年齢、性別の他に得意武器や魔法属性、性格なども書かれている。仕事をする上でできれば覚えた方がいいものだ。まあ、俺は全然覚えられないんだが」
そのリストは分厚い冊子になっていて、よく使い込まれている様子からロランの仕事に対する真面目さが窺えるものだった。そんな冊子の一ページ目を開き、マルティナは上から文字を目で追い瞳を輝かせた。
「騎士団の方って、こんなに魔法を使える方がたくさんいるのですね!」
「よっぽど魔法がなくても武勇に優れてるとかじゃない限り、魔法への適性があることが入団条件だからな」
この国で魔法への適性を持つ者が生まれる確率は、約一割と言われている。そんな一割の幸運な者たちは身分関係なく魔法学校に入学することができ、そこから騎士団や魔法研究所など、国の重要機関に就職するのだ。
「いろんな方がいて面白いですね。この人は槍が得意なんだ……この人は火属性持ち、こっちの人は水属性。あっ、女性もいるんですね」
マルティナは楽しそうにページを捲っていき、五ページほどを読み終わったところでロランはマルティナに声を掛けた。
「一度それを閉じてくれ」
「分かりました」
「どこまで覚えてるか確認してもいいか?」
「もちろん構いません」
ロランはマルティナの自信ありげな表情にごくりと生唾を飲み込み、ぺらりと一枚ページを捲った。
「第一騎士団の団長の名前は?」
「セドリック・ランバート様です」
「得意武器と魔法属性。性格は?」
「剣が得意で火属性。とても親しみやすく皆さんに慕われています。一度お会いしてみたいです」
「……副団長の名前と各種情報は?」
「フローラン・ラヴァン様です。レイピアが得意で風属性。とても冷静な方だと書かれてありました」
全くつかえることなく動くマルティナの口に、ロランは本当に全部覚えてるのかと驚きながらも、まだ主要な二人だからだよなと気持ちを落ち着かせる。
「……さっき五ページ目まで読んだんだよな? その中に火属性持ちは何人いた?」
これはさすがに答えられないはずだと意地悪な質問をすると、マルティナは全く悩まずに口を開いた。
「えっと……一、二、三……六、七人ですね!」
「――マジかよ。じゃ、じゃあ、水属性は?」
「五人です」
「その中で平民は何人だ?」
「一人だけですね。ラシャ様というお名前で、剣が得意で甘いものがお好きだと書かれていました。私も好きなので、仲良くなれたら嬉しいです」
「――激辛料理が好きなのは?」
「ニコラス様ですね! 弓が得意で光魔法が使えるとか。光魔法ってかなり希少なのに凄いですよね」
マルティナのその言葉を聞いたところで、ロランは頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
「お前、マジですげぇな!」
「えへへ、ありがとうございます。今までこの能力があんまり役に立たなかったので、役立つのならば官吏になって良かったです」
「いや、お前……これは役立つどころの話じゃないぞ」
ロランは疲れた表情でそう呟いてから、マルティナの能力を最大限に活用しようと思ったのか、マルティナの机の上に様々な書類を載せた。
「とりあえずマルティナの今日の仕事は、それをできる限り読むことにしよう。さすがにそれ全部を読んだだけで覚えられるとは……思わないが、大部分を覚えてくれるだけでもかなりありがたい。それで明日からはさっそく騎士団に顔出しに行くぞ。その情報を覚えてればすぐに打ち解けられるだろ」
今日の仕事が書類を読むことだと聞いたマルティナは、素敵すぎる業務内容に瞳を輝かせてガバッと頭を下げた。
「ありがとうございます! ロランさんが上司で良かったです!」
マルティナからの真っ直ぐな言葉と純粋な瞳に、ロランは少しだけ頬を赤らめたが……それにマルティナが気づくことはなかった。マルティナの全意識はすでにたくさんの活字に向かっている。
「……凄い部下が来たかもしれねぇな」
ロランのその呟きは、政務部の空気を少しだけ揺らしたが、誰の耳にも入ることはなかった。
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