第3話 マルティナの仕事
ロランは近くにあった棚から数枚の紙を取り出すと、それをマルティナたちにそれぞれ手渡した。そこには王宮の組織図が書かれているようだ。
「この国、ラクサリア王国はトップに陛下がいてその下に大臣がいる。そしてそれぞれの大臣が各組織の長だ。官吏はいくつかの組織に分かれるから長が一人じゃないんだが、ここ政務部が属する内務省のトップは内務大臣だな。他にも外務省は外務大臣とか、色々と分かれる。あとは官吏じゃない組織もあって、例えば騎士団だな。騎士団の長は軍務大臣だ」
組織図には細かい組織も全て明示されていて、官吏となった者にしか明かされない情報だ。そんな情報にマルティナは瞳を輝かせた。
「こんなにも複雑な組織なのですね……!」
「ああ、そうだ。そしてここ政務部の仕事だがな、一言で言えばこの膨大な組織の折衷役だな。国家運営に関わる仕事をする部署なんだが、実際にやる仕事は様々な場所を回って了承を取り付け、上がやりたい政策を実現できる段階まで持っていく、言い方は悪いが雑用だな」
ロランのその言葉に、ちょうど近くを通った官吏が笑い声を上げた。
「確かに、それは的を射た表現だなぁ。でもその雑用、めちゃくちゃやりがいあるけどな」
「分かります。俺たちの仕事で段々と政策が形になっていくのはぶっちゃけ楽しい。だからまあ、嫌がらずに頑張ってくれよな」
それからもいくつか説明を受けた三人は、それぞれ直属の上司に付いて仕事を教えてもらうことになった。マルティナの上司は、本人たっての希望でロランだ。
「俺でいいか?」
「もちろんです!」
マルティナは平民だということを全く気にしてなさそうなロランが上司で、心から安堵していた。王宮図書館の本を心置きなく楽しむためにも、仕事の充実感は大切なのだ。
「じゃあまずはお前の机だが、俺の隣な。ここにあるものは全部使っていい」
机の上には筆記用具や本、紙束など仕事をするのに最低限必要なものは全て揃っている。マルティナの視線は……もちろん本に釘付けだ。
「ありがとうございます!」
「さっきから思ってたんだけどよ、お前って本が好きなのか?」
「はい。本を読むために官吏になりました」
「……どういうことだ?」
「官吏になれば、王宮図書館に出入りできると聞いて……あっ、こういうことってあまり言わない方がいいのでしょうか」
やってしまったと顔を強張らせて声を潜めたマルティナを見て、ロランは呆気に取られたような表情を段々と苦笑に変化させた。
「お前……そんな理由で官吏になったやつは初めてじゃないか? 確かにあの図書館は凄いけどな」
「凄いのですね! 官吏は自由に入れると聞いたのですが」
「そうだな。官吏のマントとブローチがあれば休日でも入れる。ただお偉いさん方も使うから、無礼がないように気をつけろよ。今は平民だからと差別するやつはかなり減ったが、まだ残ってることは確かだからな」
マルティナはロランのその忠告を聞き、シルヴァンの態度やマルティナを見て眉を顰めた数人の官吏を思い出したのか、嬉しそうな表情を引っ込めた。
「……どうすれば危険な目に遭いませんか?」
「さすがに危険な目には合わないと思うが、嫌な言葉は投げつけられるかもな。避けるなら休日は寮に閉じこもってることだが……」
「それは無理です!」
王宮図書館に行けないなんて官吏になった意味がない。そんな決意を込めて首を横に振ったマルティナを見て、ロランは顎に手を当てて斜め上に視線を向けた。
「それだと避けるのは難しいかもなぁ。あっ、一つだけあるとすればあれだな。身分が高い人の庇護下に入るんだ。そうすれば下手なちょっかいはかけられねぇよ」
「……それって難易度が高い気がするのですが」
「まあ――そうだな。でもほら、お前は頭いいんだから、活躍すれば目をかけてもらえるかもしれないぞ」
「分かりました……頑張ります!」
マルティナは平穏な読書生活のために、頑張って官吏として活躍すると決意した。そんなマルティナをロランは楽しそうに見つめている。
「よしっ、じゃあさっそく仕事をするぞ。俺がやってる仕事は主に騎士団の出動に伴う各所との連携だ。まず、騎士団がどんな仕事をしてるのか知ってるか?」
「はい。近衛騎士団が王族の警護、第一騎士団が王国領の魔物討伐、第二騎士団が各地の私兵団には荷が重い魔物の討伐です」
「正解だ。この中で特に調整が必要なのは第一と第二騎士団だな。出動する時には王都内を騎士が駆け抜けることになるから道の封鎖、国民へのアナウンス、危険地域の封鎖などが必要になる。第二騎士団の場合は貴族との連絡も行う。また騎士団の出動予算に関して財務部に掛け合ったり、法に反する特例措置を認めてもらう場合には法務部に掛け合ったり、とにかくいろんな場所を駆け回るのが仕事だ」
マルティナはさわりの説明を聞いただけで分かる仕事の大変さに、僅かに眉間に皺を寄せた。
「ははっ、まだまだ説明は長いが、付いてこられてるか? まあ覚えきれなかったら何度でも教えるから、そんなに心配はいらないけどな」
「ありがとうございます。ただ記憶力にはかなりの自信があるので大丈夫です。それよりも……体力面に不安があります。部署を駆け回るのって歩いてですよね……?」
普通は貴族よりも平民の方が日頃から歩き回ることが多いため体力はあるものだが、マルティナは図書館に篭ってばかりの子供だったので、外を駆け回るような遊びはほとんどしたことがないのだ。
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