第2話 配属先は政務部

 入庁式が終わってから数分後。マルティナは先輩官吏に連れられて、配属先の政務部に向かっていた。政務部に配属される新人はマルティナの他に二人だ。


「俺は官吏五年目のロランだ。一応子爵家の生まれだが、官吏に家名は関係ないから省略な。基本的に名前で呼び合うことになってる」


 マルティナたちを連れている先輩官吏のその挨拶に、新人の三人は三者三様の反応をした。まず口を開いたのは、眉間に皺を寄せたシルヴァンだ。


「私はシルヴァン・カドゥールです。貴族は家名に誇りを持つべきだと思います。それを名乗りもしないというのは……」

「ああ、分かった分かった。また面倒なやつが来たなぁ」

「なっ、私はカドゥール伯爵家の者ですよ! どこの家だか知りませんが、子爵家の人間が伯爵家の私にそんな態度を……」


 先輩官吏のロランにさっそく噛みついているシルヴァンを、ロランは心底面倒だとでも言うように、片手をひらひらとゆらめかせて止めた。


「官吏登用試験の時にも伝えられてると思うが、官吏に身分は関係ないんだ。それに十年前ならともかく、今は貴族だからと威張るのは白い目で見られるぞ」

「我が家の教えでは、貴族はその家名に誇りを持ち、皆を従えるべきだと……!」

「ああ、分かった分かった。貴族至上主義の主張は良い。とりあえず俺が言いたいのは、仕事をしてる間は役職が全てで、お前は新人でヒラの官吏だってことだ。今のところは一番下だから覚えておけよ」


 ロランの言葉にシルヴァンは官吏の原則を思い出したのか、全く納得していないような表情だが一応口を閉じた。


「貴族と平民の区別はあれど、貴族が威張る時代は終わったっていうのに、未だにこういう家が残ってるんだよな」


 ぼそっと呟かれたロランの言葉は、誰の耳にも届かず宙に消えた。そのすぐ後に、今度は気の強そうな綺麗な女性が口を開く。


「わたくしは、身分関係なく仕事をするというのには賛成ですわ。いくら身分が高くても、無能を敬いたくはないですもの」

「……お前も癖が強そうだな」


 つんっと顎を上げながら言葉を発した女性に、ロランは疲れた表情を向けた。


「そんなことはありませんわよ?」

「それで名前は?」

「ナディアと申します。ロランさんとお呼びすればよろしくて?」

「呼び方はなんでもいい。とりあえず『さん』を付けとけば問題はねぇな」

「かしこまりました」


 ナディアが綺麗に微笑んで頷いたところで、ロランは最後にマルティナへと視線を向ける。


「お前は平民だったな。名前は?」


 マルティナは癖も気も強い二人に萎縮して体を縮こまらせていたが、何とか勇気を出して緊張しつつも一歩前に出た。


「わ、私はマルティナです。よろしくお願いします」

 

 ――王宮図書館の本を読みたいって一心で官吏になったけど、早まったかも……。


「マルティナだな。お前は純粋で素直そうでいいなぁ」

「はい! あの……精一杯頑張ります」

「おう、期待してるぞ。お前は官吏登用試験で満点だったからな。満点なんて十年以上ぶりで、平民では初めてらしいぜ」


 ロランからの素直な賞賛が嬉しくて、マルティナは少し緊張が和らぎ頬を緩める。

 するとナディアもマルティナに好意的な視線を向けた。


「あなた、あの試験で満点を取ったの……?」

「そうみたいです」

「信じられないわ……わたくしだって何年も家庭教師に習って勉強したはずなのに、二割は分からなかったのよ。どんな勉強をしたら満点が取れるの?」


 ――あの試験って、そんなに難しかったっけ? 平民図書館にある本を全部読んでれば、簡単に答えられた気がするけど。


「図書館で本を読んでたら、ですね」


 マルティナのその答えが信じられなかったナディアは、自分の理解が及ばないところにいる天才とマルティナのことを位置付けたらしい。

 嬉しそうな表情を浮かべ、マルティナの手を取る。


「マルティナと言ったわね。わたくしとお友達になりましょう。あなたに色々と教えて欲しいわ」

「も、もちろんです! ナディアさんみたいな綺麗な人と友達なんて……」

 

 えへへとマルティナが照れたように笑うと、その表情を見てナディアはマルティナに抱きついた。


「何この子、よく見たら可愛いわ! マルティナ、私のことはナディアと呼び捨てで良いわ。同期なのだから敬語もいらないわよ」

「じゃあ……ナディア、って呼ぶね。よろしくね」

「ええ、よろしく」


 そうして二人が友好を深めているところを、シルヴァンは蔑みの眼差しで見つめている。しかしロランがいるからか、口を出すことはしないようだ。


「お前たち、政務部に着いたぞ。他の官吏にも紹介するからな」

「分かりました」


 政務部は王宮の比較的中心に位置していて、所属している官吏の数は他の部署よりも多い。そんな部署が収まる部屋はかなり広く、入り口から端がなんとか確認できるほどだ。


「おっ、今年の新人か?」


 マルティナたちが室内に入ると、近くにいた何人かの官吏が声を上げた。


「はい。皆さん集まってもらっていいですか? 軽く紹介したいので」

「ちょっと待ってろ」


 人当たりが良さそうな官吏が笑顔で奥に向かい、それから数分でほとんどの官吏が入り口近くに集まった。


「じゃあ俺から紹介します。右からシルヴァン、ナディア、マルティナです」


 ロランのその言葉の後に三人がそれぞれ自己紹介をすると、ほとんどの官吏は友好的な笑みを浮かべて拍手をした。しかし何人かの官吏は、マルティナに微妙な視線を向けているようだ。


 官吏に身分は関係なく、近年は貴族と平民の距離が近づいているとは言っても、やはりシルヴァンのように貴族であることに強い誇りを持ち、平民が踏み込んでくることを嫌がる者はいるのだろう。


「先輩たちの名前はさすがにすぐ覚えられないだろうから、追々紹介してくな。じゃあ……さっそく仕事内容について説明するか」


 ロランのその言葉で他の官吏たちは自分の机に戻り、マルティナたちは政務部にいくつかある休憩用のソファーセットに誘導された。


「まずは、この部署の役割からな」

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