第3話 異世界チートと私
錆落としを想像したら、母が異世界で愛用していたグッツが何故か私の手に。
……どういうこと?
「なんか、出ましたね?」
「それですか? 先ほど言っていたクレンジング剤というのは」
「はい。母が愛用していたやつですね。えっと、これ、『私召喚しちゃった☆』的な状況なんでしょうか?」
こういうの知ってる。
あれだよね。突然異世界の物が現れるとか。ラノベでおなじみ、異世界転生特典、神様からもらえるチート技☆ってやつだ。
すっごーい。とってもべんりー。いえーいってテンション上げるべきアレだ。
……。
いや、待って。違うよ。違うよ、神様‼ チート技嬉しくないとは言わないけど、まず転生だよね。もしくは肉体を蘇らせて異世界トリップ。そういうのなしで幽霊の状態で異世界送ってチートを与えるとか、力の使いどころが間違っている。
「触ってみてもいいですか?」
「はいどうぞ」
リチャードさんが私が差し出したクレンジング剤に触れようと手を伸ばすが、すっとすり抜ける。今まで私がよく見て来た光景だ。
「ちょっと魔力を纏ってみますね」
見た目で纏ったかどうかは分からなかったけれど、リチャードさんの手はすり抜けずにクレンジング剤に触れるような形で止まった。
「……召喚とは違いますね。魔力を纏わないと触れられないので。これも霊体ということでしょうか?」
「霊体……」
霊体のクレンジング剤とは何ぞや。
物だよね? クレンジング剤の幽霊って何?
あれ? そもそも霊体って幽霊で、つまり魂のことでよかったんだよね? と思ったけれど、よく考えれば、私は裸ではなく服を着ている。ということはこのクレンジング剤も服みたいな感じ?
というかクレンジング剤に魂があったとは思いたくない。私が気が付いてなかっただけで、『ぎゃぁぁぁぁぁ、錆とかむりぃぃぃぃ。近づけないでぇ。擦るとかむりぃぃぃぃぃ』とか叫んでいたとか思いたくない。いや、ボトルに意識があるなら、中身は体液でそれを無理やり絞り出し……。深く考えるのはやめよう。
服と同じだ。うん。そういうことにしよう。
「とりあえず、どうぞ」
リチャードさんに渡してみると、私の手から離れた瞬間、クレンジング剤が幻のように消えた。
「えっ? 消えた? 何で?」
突如現れ、何かする前に掻き消える。一体何だったのか。
「もしかしたら、アイさんにしか使えない道具ということでしょうか?」
「あー……そういう……」
よくある異世界特典で、本人しか使えないというのは、他者に利用されないために大切なことなのは分かる。もしくは、文明に大きな開きがある状態で不用意に異世界のものを際限なく入れないための処置かもしれない。
でも、待て。利用されないようにとか文明の進みがぐちゃぐちゃになるという以前に、この世界の大半の人は私を認識してないんですけど? 消えなくても誰も気が付かないんですけど? 神様、気にする点違う‼
脳内で神様をひとしきりののしってからもう一度クレンジング剤を想像すれば、もう一度出てきた。うん。偶然とかじゃなくて出てくるんだね。
……液体だけど、これは私から離れたら消えるのかな? いや、いくら何でもクレンジング剤は素手に付けて磨くものじゃないんですけど。というか、それでいくと、もしも漂白剤を使いたいなぁなんて思ったら、素手を漂白剤イン? やめて、白魚の手がゾンビの手になっちゃう。死霊だけど、そういうホラー系にはなりたくない。
でもチート特典を渡すより先にやることあるだろうがと思う神様が、どれぐらい配慮してくれているか分からない。そもそも霊体の異世界の物って何に使えるの?
「ちなみに異世界ではこのクレンジングザイをどのように使って、解呪をするのですか?」
「いや、解呪をするというか、錆落としなんですけどね。折角なんでやってみます」
そうだ。想像しろ。私の手にはゴム手袋がはまっていると。
ゴム手袋さえあれば、私の手は守られる。いや、でもゴム手袋だとごわごわで使いにくそうだな。えっと、プラ手袋でお願いします。ビニール手袋のガサガサした奴じゃなくて、手にフィットするタイプの。想像すれば、私の手には母が買っていたプラ手袋がはまっていた。うん。いい感じ。
「それは何ですか?」
「これは水とかをはじく手袋で、手を保護するために使う道具です。で、こちらのクレンジング剤をタラシて、消しゴムでこすります」
さて、この世界のものにどれだけ影響を与えられるのか。そもそも私の手はいつだってすり抜けてしまったのだから、このナイフもすり抜ける可能性がある。
しかし不思議なことに、ナイフの上にちゃんとクレンジング剤はかかるし、消しゴムでこすれば錆が消えた。あれ? 結構あっさりだな。
「えっと、水で洗ってもらってもいいです?」
「あ、はい。ちょっと待っていてください」
リチャードさんは部屋から飛び出し、そして少ししてから桶を持って戻ってきた。床の上におろしたそこには水が入っている。どうやら宿の人にお願いしてもらってきてくれたらしい。
ナイフを触ろうとしてもきれいになったナイフはすり抜けてしまい持ち上げることができなかったので、リチャードに洗ってもらう。
ただし、もう洗う段階ではクレンジング剤は幻のように消えてしまっていたので、気分的に洗ったという感じだけど。
桶から出したナイフはもう、変な気は感じないし、錆一つないナイフに生まれ変わっていた。
「おおおおお。すごいです。こんな簡単に解呪するなんて」
「私もちょっとびっくりです。解呪っていうか、錆落としですけど」
私のクレンジング剤がうまくいったのは、あの変な気が関係しているのだろうか? 普段は絶対触れないそれに触れられたのだから、たぶんそうなのだろうけど。あの気がリチャードが纏う魔力みたいな役目を負っていたのだろうか?
「ありがとうございます。アイさんがいなければ、どうなっていたか」
「いえいえ。お役に立ててよかったです」
ぎゅっとリチャードが私の手を握った。魔力を纏ってくれているのだろう。すり抜けずにしっかりと握りしめられる。
細身な人だけど、男の人だからか私の手はすっぽりと収まった。
それにしても人の役に立って、お礼を言われるのはどれぐらいぶりだろうか。胸の中がぽかぽかと暖かくなって、私はふふふっと笑った。
「アイさん。僕と契約してくれませんか?」
「契約ですか?」
感謝を示していたリチャードが少しまじめな顔をすると、そう切り出した。『契約』という言葉に私は少し緊張する。
生前も親に契約関係は気を付けなさいと口酸っぱく言われていた。ちょっと名前を書いてと言われて連帯保証人になれば、お金を返さずに逃げられて、マグロ漁船に乗せられる可能性だってあるのだと。
そうでなくても、詐欺とかもある。
「はい。最初にお話しした通り、僕は死霊使いで死霊から知恵をお借りして、困ったことを解決する仕事をしています。基本的には、フリーの死霊と一時的な契約をし、知恵をお借りして、その代わり対価を払います」
「対価とはどのようなものですか? 私、一応ご飯は必要みたいですけど、捨てられた残飯でなんとかなりますし、お金を貰っても使えないというか……」
霊体なのでお金を持つことができないし、そもそも店で認識してもらえないから何かを購入することもできない。暇人まかせて町の中をふらふらを探検したけれど、自動販売機も無人販売所もこの町にはなさそうだった。
「えっ。残飯……」
「あ、いや。残飯を食べてるというわけではなくて、そこから生命力を貰っているというか。いや、だって生き物からもらうのには抵抗ありますし、捨てられたものならいいかなって。あ、口からは入れてませんから。まだ、かろうじて人間のプライドを捨てていませんから」
私の言葉にリチャードがすごく可哀想なものを見る目をした。確かに口に出すと、かなり可哀想な生活である。でもそれしか方法がなかったし、誰も私を見ていないので残飯あさりへのハードルが下がっていたのだ。
「えっと、対価でしたね。大抵はあの世にいる方を呼びますので、数時間僕の魔力で降臨させ続けてその間に観光とかしてもらっている感じです」
「あー、契約するのは、ちゃんとあの世に行けている方なんですね」
「それ以外の場合は、僕の魔力を渡しています。魔力は残飯から生命力を吸い取るよりも効率がいいので」
「なるほど」
死霊が欲しがるものなんて、それぐらいか。
でも私の場合、残飯で生活できることを知ってしまっているので、そこまで魅力的とは思えない。契約して変なことをさせられる可能性の方が怖い。
「アイさんには、契約している間は、人間らしい生活を保障するというのはどうでしょうか?」
「人間らしい生活?」
「例えば三食ご飯を出します。これは魔力を渡す形でもいいのですが……」
「えっ。三食ご飯⁉」
ご飯など食べなくてもいい体だ。
分かっているけれど、想像すると、お腹の中が切なくなった。ずっとお肉もお野菜も口に入れていない。味を感じるか分からないけれど、でも一度食べてみたかった。
この世界の屋台で売られているもの、結構おいしそうだったんだよねぇ。
「他には、お風呂とかベッドとかの準備でしょうか」
「えっ。風呂とベッド⁉」
霊体なので体は汚れない。でも、すごくお風呂には入りたかった。だって生きている時は毎日入っていたのだ。入れなくてもシャワーには浴びていた。それが一切できない生活というのは悲しかった。
そしてベッド。
外の野ざらし状態では眠るふりをしても、寝た気がしなかった。
「この町にはないですが、僕もちゃんと持ち家がありますので自由に使ってもらって大丈夫です」
いいなぁその生活。
契約してもいいかもという方向に意識が傾いていたけれど、この町にはないという言葉に、がっくりと落ち込んだ。
「すみません。私、この町の外には出られないみたいなんです」
何度か試してみたけれど、この町の外に出ようとしても出られない。
別にこの町に思い入れなんてないはずなのだけれど、どうしてもこの町の中でしか私は動けなかった。
「たぶん、契約をすれば僕についていく形で出られるはずですよ。だって、契約すればあの世から呼ぶこともできるわけですし。契約すると、僕の魂にしばりつけて一時的に隷属させるような感じになります。隷属と言っても本人が本当に嫌がることはさせられません。ただし契約破棄は僕の方からしかできませんが」
「操っていうことを聞かせることはできないのですか?」
隷属と言われると、奴隷とかのイメージがあるので怖い。
しかしリチャードは私の不安を消すように首を振った。
「できません。あくまで僕ができるのはお願いまでで、魔力や条件で釣ってお願いする感じです」
「例えば、魔力を渡さず消えたくなければ従えとか脅せるのでは?」
契約破棄がリチャードからしかできないというところに危険が潜んでいるのではないだろうか。霊体でもある程度、ご飯を食べなければ薄くなる。
消えたくなければと脅されたら、それに従うしかなくなりそうだ。
「大丈夫ですよ。契約中はこちらも最低限死霊が魂を維持できるようにしなければいけないと僕は神と契約しています。こちらの契約をしなければ、死霊使いはあの世から魂を呼ぶ権利を持ちませんので。だからどうしても従ってもらえなければ、契約破棄するしか僕にできることはありません」
それ、結構いい契約では?
自分から破棄はできないけれど、でも嫌なら従わなければいいのだ。そうすればリチャードは割に合わないので破棄をする。
「アイさんに人間らしい生活をご用意する代わり、今みたいに僕の仕事にご協力してもらいたいんです。どうでしょう?」
「今回は偶然役立ちましたが、いつも役立つとは限りませんよ?」
この能力の制約も分かっていない。
だからリチャードが納得できる結果になるとは限らない。
「かまいません。僕はアイさんと契約したいです。お願いできませんか?」
この世界で初めて見つけてくれた人。
そしてちゃんと人として扱ってくれた。それだけで、私の中のリチャードの好感度はうなぎのぼりなのだ。
「はい、喜んで!」
気が付けば、私はそう答えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます