第八話

 基地5階(管理棟) 午後6時。


 「クリスパーの力は思った以上みたいだな」

 調査部隊から提出された書類に目を向けながら、イデアは呟いた。


 「やっぱり、周辺感知はかなりの戦力になるわね。それに、クリスパー個人の戦闘力も思った以上だった。今日はクリスパーがいなかったら、甚大な被害を受けていたと思うわ。調査結果を見ても、今までの怪物よりも強力だった」

 ソファに腰を掛けていたエアはクッキーを一口齧った。


 「ああ、もしかしたら怪物も人類に対抗するために変化しているのかもな」

 小さくため息を吐くと、イデアは書類を机の上に置いた。

 「そうね。言ってしまえば、今は怪物と私たちの戦争だもの。私たちと同様に、相手も戦力を整えるのは当然よ。それに、調査部隊から興味深い報告もあるわ」

 「興味深い報告?」

 「ええ」

 エアはもうひとつクッキーを口に含むと、足を組んだ。そして、こんなことを言った。


 「近くで戦闘を見ていた調査部隊の報告では、まるで怪物たちが統率を取っているようだったと言っていたわ。もし怪物たちにも知能があり、私たちを殺すために連携を図っているのだとしたら、相当厄介なことになる」


 「そんなこと、あり得るのか?」

 怪訝そうに眉間に皺を寄せ、イデアは訊いた。

 「可能性の話よ。はっきりと証明できるわけではない。今はまだ、ね」

 含みのある物言いをしたエアはイデアから視線を外し、クッキーを1枚手に取った。

 「もしかしたら、怪物にとって私たちを殺すことはこんな風に容易なことなのかもね」

 エアは中指と親指でクッキーを挟むと、ぱきっと音を立ててふたつに割った。


 「それは、私たちが踊らされているだけってことか?」

 「可能性の話よ。あまり怖い顔をしないで頂戴」

 茶化したような笑みを見せたエアは、ふたつに割れたクッキーを口に放り込んだ。

 「分かってるよ。しかしまあ、タイミング悪く怪物が出現してくれたものだ」

 イデアは抽斗の中から一枚の書類を取り出した。


 「花の村:イリヤからの討伐要請が来ている。怪物の襲撃自体は3日前の出来事らしいが、その際は村の義勇兵が対応したそうだ。その際に村を襲撃した怪物は2体。討伐には至らなかったが、何とか怪物を追い払うことには成功したらしい。しかしまだ村周囲に怪物の姿が見受けられるとのことで、危険だと判断した村長からの依頼だ。本当はすぐに出動してもらおうと思ったが、1日開けて出動してもらうことにしよう」


 「怪物被害があった時に依頼すればいいのにね」

 「あの村は少し特殊なんだ。なにせ、村人だけで村を守りぬいてきたという自負があるからな。だからあまり外部の力に頼りたくないのだろう」

 あまり興味が無さそうにふーん、と声に出すと、エアはまたクッキーを1枚手に取った。


 クッキーをかじりながら、「その任務は誰に行ってもらうつもり?その程度なら機械兵たちが出なくてもよさそうな気がするけれど」と言った。

 テレサの言葉を聞いたイデアはふっと、笑った。


 「いや、この任務は機械兵全員で取り掛かってもらうこととするよ」

 「どうして?それはあまりにも合理的じゃないんじゃないかしら?」

 怪訝そうに眉を下げて、テレサは訊く。普段のあなたならそんな判断は下さない、と言いたそうな表情だった。


 「共に任務を行うことで部隊の関係性も深まるだろう。それに、最初の任務って言うのは思い出に残るものさ」

 「まさかイデアがそんなことを言うとは思わなかったわ」

 「案外大切なものなんだ。我々兵士にとって、思い出というのは」

 「あら、イデアにも何か、大切な思い出があるの?」


 イデアはふと視線を逸らし、朗らかな表情で「あるよ」と言った。その視線の先には、写真の中で微笑む、イデアの姿があった。

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