第六話

基地2階(生活棟) 


 「ねえ、クリスパー。ねえ、起きてってば」

誰かが、身体を揺すっている。薄っすらとした意識の中で、クリスパーは重たい瞼を上げる。


 「あ、やっと起きた。何度体を揺すってもクリスパー全然起きなかったんだよ」

 安堵した表情を見せた女性は、確かテレサと言っただろうか。「ごめん」と体を起こすと、つい先ほどまで窓から差し込んでいた光は消え、代わりに天井のライトが部屋を照らしていた。


 「夜?」重たい瞼を擦りながら、クリスパーは呟く。

 「今は19時だよ。夕食の準備出来たから、食べにいこ!」

 テレサはクリスパーの手を引いた。半強制的に起こされたクリスパーはハンガーにかけてあった隊服に袖を通し、促されるまま部屋を出た。

 

 リビングにはもう全員が揃っていた。ダイニングテーブルの上にはすでに料理が並べられており、機械兵とエアがそれを囲うようにダイニングチェアに座っていた。


 「よく眠っていたようね」

 まだ寝ぼけ眼のクリスパーに目を向けると、エアは可笑しそうに言った。

 「うん」クリスパーは空いていたダイニングチェアに腰を掛けた。エアの隣だった。


 「じゃあ、夕食にしましょうか」

 エアの合図と共に皆で手を合わせ、食事に手を付けた。

 胡瓜とレタスのサラダに、キノコのスープ。牛肉のステーキに、パンとジャムとマーガリン。テーブルの上には色とりどりの料理が並べられていた。

 

 「ねえ、クリスパーって、第二部隊にいたんだよね」と聞いたのはテレサだった。

 「うん」とクリスパーは頷いた。

 「第二部隊で何をしていたの?」

 パンをかじりながら、テレサは訊いた。

 「向こうでは、副隊長に剣術を教わってた。私のオートボディは、あまり戦闘向きじゃないから」

 淡々とした声で、クリスパーは言った。あまり表情に動きはなく、ただ返答に答える機械のようだった。


 「そうなんだ。確かに、キルケゴールさんは剣術が凄いもんね」

 クリスパーとは対照的にテレサは嬉しそうな笑みを見せて、何処か懐かしそうに言った。


 「あれ、テレサは副隊長について知っているのかい?」

 ワイングラスを手に持ちながら、バンクシーは不思議そうに訊く。

 「うん。私は部隊がふたつに別れる前からいるから、よく知ってるんだよ」

 「そうか、テレサは部隊にいる歴が一番長いもんね」

 納得したように頷くと、バンクシーはワインを一口飲んだ。


 「そういえば、クリスパーのオートボディってどんな性能をしてるんだっけ?目のオートボディってのは聞いてんだけど」

 口にステーキを詰めたハムレットは、もごもごと口を動かした。そして一気に流し込むように、手元の水を飲みほした。


 「私のオートボディは・・・ただ遠くを見渡せるだけ。それと、熱感知で少し透視のようなことも出来て、壁の向こうにいる怪物を発見することも出来る」

 言い終えたクリスパーは、ちらっとエアに目を向けた。視線を感じたエアはサラダを食べる手を止め、小さく微笑みながら頷いた。


 「じゃあ、大分怪物を見つけるまでの時間が短縮されるな!」

 ハムレットは白髪を揺らし、今までもくもくと食事をしていたデナリに目を向けた。デナリは安心したように表情を緩ませ、言った。


 「よかった。クリスパーが来てくれたおかげて、僕が走り回らなくて済む」

 もう一度「よかったー」と言ったデナリは、幸せそうに微笑み背もたれに寄り掛かった。黒髪の間から見える瞳はとても可愛らしかった。


 「確かに、もうデナリが余計な体力を使わなくて良さそうだな」

 デナリに目を向けたハムレットは微笑みながら言った。

 「そうだよ。結構大変だったんだから」

 「デナリは足のオートボディを持っていて、かなり跳躍に特化してるんだよ」

 正面に座るバンクシーはスープをかき混ぜながら、クリスパーに言った。


 「そうなんだ」クリスパーは頷く。

 「うん。僕のオートボディは両腕で、腕を刀に変えることが出来る」

 「こんな感じだけど、この中で一番戦闘力があるのはバンクシーなんだ」

 ハムレットが指を指すと、「こんな感じってなにさ」とバンクシーは苦笑する。確かに、ハムレットの言うように、赤毛のバンクシーは戦闘と結びつかないほどに優しい瞳を持ち、柔らかい雰囲気がした。


 「俺は右腕のオートボディで体に蓄えた太陽光を矢として発射できるんだ。で、テレサは両手のオートボディ。自分の血液を毒に変えて掌から発射するんだ」

 テレサはふざけたようにわざと両掌をクリスパーに向けた。その鋭い瞳は悪戯に笑っていた。


 「聞いての通り、俺たちはあまり機動力がないから、周囲を見渡せるクリスパーは来てくれて助かったよ」

 安心したようにハムレットは言う。そして、「これからよろしくな」と続けた。


 クリスパーは顔を上げ、機械兵たちに目を向ける。彼らは皆、希望に満ち溢れた表情をしていた。その表情を、クリスパーはよく知っていた。何処か懐かしさを覚えながら、クリスパーは「うん」と頷いた。

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