第四話

 基地2階(生活棟) クリスパー自室


 指令室を出ると、クリスパーは特別機械兵たちと話もせず自室に戻った。ドアを閉めるとその場で大きく息を吐き、ごわごわとした隊服脱いだ。脱いだ隊服はそのまま床に放り投げようかとも思ったが、ハンガーにかけてしまって置くことにした。まがいなりにもこれから自分が着る隊服だ。少しでも綺麗にしておいた方がいい。


 薄着になったクリスパーはベッドに臥床する。目の前に見える天井はやはり白い。この基地は何処を見ても白一色だ。壁も、床も、天井も、外から見える外壁も、全て。気味が悪いほどの白だ。


 眼前に広がる白から目を背けるように、クリスパーは瞳を閉じる。瞼の裏は基地と対照的に黒く、これくらいが丁度いいと思う。そしてそんな黒い世界の中で、ある光景が浮かんだ。それは、彼らの姿。先ほど対面した、機械兵たちの姿だ。その姿はどうしても、幸せそうに見える。


 どうして、どうして、どうして。クリスパーは心の中で唱える。

こんな世界、何の価値もないのに。


 昔、聞いたことがある。笑顔とは、幸せの対価である、と。幸せだから笑っているのではない、笑うから幸せなんだ、と。私の大切な人はそう言い、よく笑っていた。

けれど、あの人が幸せになることは無かった。最初は幸せそうに見えた笑みも、気付けば何処か苦しそうに見えた。それでも、あの人は笑っていた。いつか訪れるはずの、幸せを信じて。


 結局、あの人にとっての幸せとは何だったんだろう。

心の中で、ふとそんなことを考える。もし命の落とすことがあの人のとっての幸せだったのなら、それはあまりにも惨すぎる。


 しかしそんなことを考えてしまうほどに、この世界は歪だ。歪すぎるがゆえに、人は何かに縋って生きて行く他ない。もしかしたらそれが、あの人にとっての幸せだったのかもしれない。そう思うと、腹の奥がむかむかとした。幸せに縋り、盲目的に生きること。それがこの世界における幸せの形なのだとしたら、何と残酷な世界なのだろう。


 クリスパーは酷い悲しみから逃れるように、強く瞳を閉じた。すると、身体が何処かに引っ張られるような感覚がした。暗い、暗い闇の底へ、ゆっくりと沈みこんでゆく。全身が闇に包み込まれると、不思議と絶望は何処かに消えた。代わりに訪れたのは、得体の知れない幸福感だった。


 もしも、絶望に飲まれてしまうことが救済だとしたら、この世界に価値などないのかもしれない。


 静かな部屋の中に、クリスパーの寝息が小さく響く。穏やかな眠りに包まれたクリスパーの表情は、酷く安らかだった。

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