第三話
エルベ討伐部隊基地
「ここがエルベ部隊の本支部になります」
部隊の運転者の男はそう告げると軍用車を止めた。
レプリカ・クリスパーは「ありがとう」とエルベ第2支部から本支部まで送迎してくれたことに対する礼を言い、後部座席のドアを開けた。
「では、お気をつけて」
運転者は車窓を開けて会釈をすると、軍用車のエンジンを吹かせその場を立ち去った。その際に一瞬吹いた風に靡かれ、クリスパーの髪が揺れた。ブロンドのボブパーマだった。
軍用車を見送ったクリスパーはゆっくりと振り返り、基地の外観に目を向けた。
壁は純白で覆われ、奥行きもある。その建物は基地というよりまるで神聖な教会の様だった。
次に、クリスパーは身に着けたエルベ部隊の隊服に目を向けた。上下白いスーツスタイルの軍服は、まるで純白の部隊に命を捧げたことに対する比喩のようだった。
クリスパーはもう一度基地に目を向けて、腰に携えた白い刀の柄を掴んだ。そして、何かを決意するように一度頷き、歩き始めた。
クリスパーが基地の茶色く分厚い木製の扉に手をかけると、「クリスパー」と背後から声がした。振り返ると、背後には女性が立っていた。白衣を着た、ネイビーブルーのセミロングの女性だった。身長はあまり高くなく、美しい黒い瞳をしていた。
クリスパーが頷くと女性は右手を伸ばし、握手を求めた。ゆっくりと彼女の掌を掴むと、彼女は悪戯っぽい笑みを見せた。
「私はこの基地で科学者をしているエアと言うの。オートボディのメンテナンスも担当しているから、よろしくね」
「よろしく」
素っ気なく返事をしたクリスパーに、エアはまた微笑んだ。
「長官のイデアからあなたに基地を案内するように言われているの。まずは部屋に荷物を置きに行きましょう」
まず、エアは基地2階の生活棟にクリスパーを案内した。基地の外観と同様に一面白く塗られた廊下を真っすぐと歩いた。左右の壁にいくつか対になったドアを越えると、「ここよ」とエアは言った。そこは廊下の突き当りだった。
「ここがあなたの部屋よ。開けてみて」
エアは廊下の右側にあるドアを指差して言った。
言われるがまま、クリスパーがドアを開けると、部屋の中央にはローテーブルが見えた。入って左手側の壁にベッドがあった。右側の壁には本棚と作業机、椅子がありその隣には収納棚が設置されていた。
「ここに洋服ダンスもあるわ」
そう言いながら、エアはドア横の扉を引いた。凹字型に窪んだ空間にはハンガーパイプが取り付けられており、そこにはいくつかハンガーが駆けられていた。
「じゃあ、荷物を片付けたら行きましょう。あら、あまり荷物はないようね」
部屋にクリスパーが置いた小さなキャリーバックを見て、エアは言った。
「そんなに荷物は必要ない」
キュリーバックの中身を出しながら、クリスパーはそう呟く。中に入っていたのは少々の衣類と日用品だけだった。
「まあ、何か必要なものがあれば近くで買うといいわ。この辺りは買い物するのに不便しないの」
「そう。それならよかった」
クリスパーが荷物を整理し終えると、エアはクリスパーを連れて基地の案内をした。1階の調査棟、2階の生活棟、3階の医療棟、4階のメンテナンス棟の順で案内をした後、5階の司令塔に向かった。
「5階は基本的に会議をしたりする部屋がいくつかあるわ。それと、奥には長官のイデアがいる指令室があるの」
「そうなんだ」
「あまり基地に興味がないようね」
エアが顔を覗くと、クリスパーは首を横に振った。
「そんなことはない」
「そうかしら?じゃあ、私の勘違いね」
微笑んだエアに対して、クリスパーは訊いた。
「あなたは、いや、エアはどうしてそんなに笑っていられるの?」
少し前を歩いていたエアは振り返り、足を止めた。
「どうしてって?」
「ここでは常に戦いがあって、多くの人の命が奪われる。それなのに・・・」
声のトーンを少し落としたクリスパーに対して、エアはまた微笑んだ。
「苦しくて辛いことばかりだからこそ、笑うのよ。そうしないと、自分を保つことが出来なくなるから。特に、私たちみたいなのはね」
「そっか」
柔らかいエアの笑みを見て、クリスパーも小さく微笑んだ。
基地5階(管理棟) 指令室
基地の外観同様に純白の廊下を真っすぐ歩き、廊下を挟んだ4対の扉を通り過ぎると、突き当りにひとつ扉があった。そこには「指令室」と書かれていた。エアはその扉に付いた十字架のドアノッカーで3度ノックした。すると中から「入れ」と凛とした声が聞こえた。
「イデア、クリスパーが来たわよ」
エアは指令室に入ると、左側の壁に設置されているソファに腰をかけた。そして、ソファの前のローテーブル上にあるクッキーを1枚食べた。
どうしていいか分からないクリスパーがその場に立ったままでいると、正面の席に座っている白髪の女性が口を開いた。
「お前がレプリカ・クリスパーか」
「はい」とクリスパーは頷いた。
「待っていたよ。私はエルベ討伐部隊長官のイデアだ。よろしく。ほら、そんなところに立っていないで、こっちにこい」
そう手招きをするイデアの元に、クリスパーはゆっくりと向かった。
「ふふ、少し驚いたといった表情だな」
「いや・・」
「ふふ、分かるよ。まさかエルベ部隊のトップが女だとは誰も思うまい。そういう表情をされるのは慣れてる」
まるで日常の一部に触れたみたいに穏やかな表情で、イデアは言った。その表情をみたクリスパーは少しだけ口角を上げた。
「クリスパー、その両目を少し見せてくれ」
イデアは立ち上がると、返答を聞かぬままクリスパーの右瞼に触れた。
「そうか」
頷きながら、今度は左瞼に触れて少しだけ上にあげて機械の瞳を眺めた。
「うん、非常に美しい瞳だ」
満足そうな表情を見せながらイデアは頷いた。そんなイデアとは対照的にクリスパーは眉間に皺を寄せ、赤い右目と青い左目でイデアを睨みつけた。
「こんな瞳は、別に綺麗なんかじゃありません。私は別に、なりたくてこんな瞳になったわけじゃない」
クリスパーの眼差しには、溢れ出るほどの苛立ちが垣間見えた。
そんなクリスパーの感情を受け流すようにイデアは小さく笑い、口を開いた。
「いつか、その瞳を好きになれる日が来るといいな」
「そんな日が来る予定はありません」
きっぱりとした口調でクリスパーは言う。
「そうか、しかしお前はその瞳のおかげで失った光をもう一度目にすることが出来たんだ。暗い部分だけに着目するのではなく、たまには明るい部分に目を向けたらどうだ。そうでもしないと、この世界は生きにくいぞ」
イデアはクリスパーから視線を外すと、「エア、あいつらを呼んでくれ」と言った。
「分かったわ」エアは白衣のポケットから無線機を取り出し、「あいつら」に連絡を取った。
ふたりがそんなやり取りをしている中、クリスパーは俯き、暗い表情で呟いた。
「そんなこと、とっくの昔に知っている・・・」
「すぐ来れるみたいよ」
無線機を切ったエアはイデアに向かって言った。
「そうか。分かった」そう頷き、イデアは再度クリスパーに目を向ける。そして、「大丈夫、きっといつか、その瞳も好きになれるさ」と言った。
それからしばらくして、指令室のドアノッカーが3度鳴った。先ほどと同様にイデアが「入れ」と言うと、「失礼します」という声と共に隊服を着た男女4人が入ってきた。
「お前たち、紹介しよう。彼女が今日から第8部隊に加入することになったレプリカ・クリスパーだ」
紹介を受けたクリスパーは表情を変えぬまま会釈をした。
「女の子なんだ!」
紹介を受けるとブルーのロングヘアの女性はクリスパーに近寄り手を掴んだ。ふわり、と女性の耳についたリングピアスが揺れた。
「私、テレサって言うの。よろしくね」
「よろしく」
微笑みかけるテレサとは対照的に、クリスパーは何処か怪訝そうな表情を見せた。
「テレサ、そんなに詰め寄るとクリスパーも困ってしまうだろう」
「へへ、ごめんね」
何処か嬉しそうな笑みを浮かべながら、テレサは3人の男性隊員の元へ戻っていった。
「クリスパー、右から、テレサ、デナリ、バンクシー、ハムレットだ。クリスパーは第8部隊の一員として、基本的には彼らと共に任務に当たってもらう。もし何か分からないことや困ったことがあれば、こいつらを頼るといい」
紹介を受けた機械兵4人は嬉しそうに微笑んだ。
クリスパーは4人の笑顔から目を背ける。そして、「わかりました」と呟いた。
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