第二話

 基地4階(メンテナンス棟) メンテナンス管理室


 メンテナンス管理室の巨大なモニターの前に座り、キーボードを叩きながらエルベ討伐部隊化学班・オートボディ担当のエアは難しい表情を見せた。


 「うーん、また上がっている」

 白衣に身を通した彼女は、くるりと巻いたセミロングのネイビーブルーの毛先に触れながら、「検査結果・ハムレット」と書かれたファイルに目を通して呟いた。


 「オートボディの機能が問題なくても、これではね」

 エアは検査データの表示を切り替え、ハムレットの過去の検査データを表示した。しばらく眺めた後、ハムレットの体温だけを抽出し、エアは再度見比べた。

 

 ハムレット・23歳:体温集計データ。


998年。9月。35.8度。

 998年。12月。36.1度。

 999年。3月。36.2度。

 999年。6月。36.4度。

 999年。9月。36.7度。

 999年。12月。36.9度。

 1000年。3月。37.3度。

 1000年。6月。37.5度。

 1000年。9月 37.9度。

 

 「最初は緩やかだったけれど、最近は体温の上り幅が大きくなっている。ハムレットのオートボディが放つ光の矢は体に蓄えた太陽光をエネルギーにしているから、ある程度の体温上昇は仕方ないけれど、これは少し上がり過ぎね。最近は戦闘も激化しているし、それだけオートボディの使用頻度も増えているってことね」


 エアはデスクの上に置いてあるコーヒーカップに一度口を付けた後、椅子の背もたれにもたれかかった。

 「これじゃあ、いずれ使用制限をかけないとならないわね」

 しばらくそうして休んだ後、エアは再度モニターに目を向けた。そして、テレサ、デナリ、バンクシーの順で検査報告を開いた。

 

 検査報告。テレサ。25歳。

 『オートボディ使用後に貧血傾向あり。血液から神経毒を生成し発射するオートボディの特性上ある程度の貧血は仕方がない。しかし当個体はJAK2遺伝子変異に伴う真正多血症患者である。元々真正多血症である当個体への瀉血療法を目的として作られたオートボディであり、貧血症状はオートボディの使用過多が原因か。オートボディの過度な使用は人体への影響が大きい』


 検査報告。デナリ。14歳。

 『オートボディに複数損傷個所あり。パーツの補充により修復する。また、両大腿骨頭に炎症あり。抗炎症剤の持続内服により悪化は防いでいるものの、今後も過度な負担がかかり続けるようなら、両大腿の損傷に繋がりかねない。元々探索用オートボディであり、戦闘での使用は不向き』


 検査報告。バンクシー。28歳。

 『オートボディに損傷なく、機能面の問題もなし。しかし、両手指に軽度痺れあり。神経損傷等はないが、オートボディの特性、上通常時でも指先が尖った形態をしており、それに伴い物を掴むといった動作がやや緩慢。このままでは日常生活に影響が生じる可能性あり』


 エアはコーヒーカップを傾け、「誰もかれも、満身創痍ね」と呟いた。

 「彼女が入れば、少しみんなの負担も減るかしら」

 そう言い、エアはとあるファイルを開く。そこには『クリスパー・検査報告』と記載されていた。

 「全てを見通せる機械の目。この目には、どれだけの絶望が見えるのかしら」


 エアは立ち上がり、そのまま何処かに向かった。誰もいなくなったメンテナンス管理室では、黒いコーヒーの水面が不気味に揺れていた。


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