第一章 機械兵
第一話
ルスシア中央都市マスクヴァ エルベ部隊基地5階(管理棟) 指令室
9月8日
基地に戻った4人の機械兵は任務達成を告げるため、基地6階の管理棟にある指令室に向かった。指令室の白いドアの前に立ち、ハムレットは2度ノックをする。「入れ」とドアの向こうから声が響くと、ハムレットはドアを開ける。
「失礼します。イデア長官、ただいま戻りました」
部屋の奥にある長官席に座って書類に目を通していたイデアは、ハムレットの声を聞くと顔を上げた。
「おお、戻ったか。お疲れ様」
イデアは書類を抽斗にしまうと、特徴的はセミロングの白髪を耳にかけた。頬に切り傷の後があるものの、彼女は非常に端正な顔立ちをしている。事情を知らなければ、誰も彼女がエルベ討伐部隊の長官をしているとは思わないだろう。
「討伐をした怪物は4体。特に問題なく任務達成しました」
ハムレットは淡々と状況の報告を行った。
「そうか。怪我などはなかったか」
「はい。大丈夫です」
「ならよかった」
イデアはほっと胸を撫で下ろすように、柔らかな表情を見せた。
「ねえ、長官。南平原の廃墟ビル跡地で見つけたの」
テレサは白い隊服のポケットから先ほど見つけた写真を取り出し、長官席の上に置いた。
「見て、こんな写真が落ちてたんだ」
イデアはテレサの出した写真を覗き込むと、「写真か」と呟いた。
「うん、廃墟ビルの中でハムレットが見つけたから、旧世界の写真かな」
「ああ、そうかもしれない。旧世界についてはほとんどわかっていないからな。平原にある廃墟は現代とほとんど変わらない造りをしているのに、それがいつ出来たのかなどは何も分かっていない。それに、旧世界がどんなものだったかも何一つ分かっていない。なにせ、旧世界についての記録が一切ないんだからな」
デスクの上に置かれた写真を手に取ると、イデアは立ち上がり、右側の壁に設置された本棚からファイルを取り出した。そして、その写真をファイリングした。
「旧世界の建造物については調査部隊が日々調べているが、任務の中で今回のように旧世界に繋がりそうなものを見つけたらまた報告してくれ」
ファイルを本棚にしまうと、イデア長官は半身になって顔を4人に向けながら言った。
「他にも廃墟ビルの中を捜して見ましたけど、特に何にもなかったです」
ハムレットの口調は少し砕けたような印象だが、テレサとは異なり一応敬語を使っていた。
続けて、バンクシーがゆっくりを口を開いた。
「川沿いや周囲の森林も探索して見ましたけど、特に何もありませんでした」
「あ、あと、他に怪物がいないか駆け回って見てみたけど、僕達が倒した4体以外の怪物はいなさそうだったよ」とデナリは言う。
ふたりの話を聞いたイデアは「そうか、分かった」と言うと、長官席に戻った。そして机の上に積まれている書類の山をめくり、何かを思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ、お前らに伝えたいことがあったんだ」
イデアは一度咳払いをして続けた。
「ひとりな、第8部隊に追加メンバーが入ることになったんだ。元々はエルベ第2支部に配属される予定だったんだが、どうやら過去に怪物から受けた傷のせいで左目は失明、右目の視力もかなり低下していたらしい。それでエルベ第2支部長のキルケゴールの勧めもあり、両目にオートボディを付けることになったんだ。それで晴れて第8部隊、機械兵の仲間入りってことだ。今、第2支部のある兵隊街からルスシアに向かっているようだ」
「え、新しい隊員が来るんだ!楽しみ!」テレサは嬉しそうに自身の両掌を合わせて言った。
「目のオートボディですか。一体どんな性能でしょうか?」
興味深そうに顎を触れながら、バンクシーが訊く。
「どうやらかなり遠くまで見通せるようだが、詳しくは私も聞いていない。こっちに来たら詳しく聞くつもりだ。また到着したら声を掛ける。思いのほか任務も早く終わったし、もしなら事前にオートボディのメンテナンスを済ませておいてくれ。そろそろタイミングだったろう」
長官席の上にある置き時計を見ながらイデア長官は言った。
「分かりました」とバンクシーは頷いた。確かに、そろそろ月に一度のオートボディのメンテナンス日だった。
イデアは立ち上がり4人にゆっくりと目を向けた。
「第8部隊。『機械兵』のお前たちに課せられた使命は怪物の殲滅だ。新しいメンバーが加入するが気を抜かず、その使命を全うしてくれ。では、解散!」
イデアの声に続いて、4人は「はい」と返事をして敬礼をした。そして、4人は指令室を出た。
4人が指令室を出ると、イデアは抽斗に閉まった書類に再度目を通した。その書類には『踊りの街北西、積雪地帯で確認された怪物についての報告』と記されていた。
イデアはしばらく書類に目を向ける。そして全てを読み終えると、はあ、とため息をついた。
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