世界の終わりと機械兵
tuzikawa kei
エピローグ
西暦1000年。9月14日。ルスシア、南平原。
「デナリ、そっちに行ったよ!」
テレサの優しくも力強い声が、広大な平原に響く。声の先にいるデナリは「任せて」と声を響かせ、鉄の足に力を入れる。機械兵:デナリ。まるで重りを外したかのように颯爽と平原を駆けると、周囲の草花は柔らかく揺れる。彼の厚い黒髪は風に靡かれ、その隙間から優しそうな瞳が見え隠れしている。
「これでどうだ」
デナリは月面を跳ねる兎のように、軽やかに宙に舞う。大体に20mほど飛び跳ね、鉄の踵を振り下ろす。その鋭い踵の先にいるのは、鋭い牙と爪を持つ、4足歩行の赤い目をした「怪物」だった。デナリの鋭い踵が背中に突き刺さると、怪物は不気味な叫び声をあげてその場に倒れ込んだ。華奢で小柄なデナリからは想像も出来ないような攻撃を受けた怪物はしばらく体をよじらせもがき苦しんでいたが、間もなく動きを止めた。美しい緑で彩られた平原の一部を、赤黒い血液が汚らわしく染めた。
勝利の余韻に浸ることなく、デナリはテレサに身を向ける。
「あと2体は?」
「1体はバンクシーがやってる。もう1体は、もう少し!」
風に靡くブルーのロングヘアの隙間からは大きなリングのピアスが揺れる。飛びかかって来る怪物を丸く美しい瞳は真っすぐと捉える。そして小柄ながらも力強く、テレサは両掌から紫色の銃弾を発射する。その銃弾を受けた怪物は急に動きが鈍くなり、震え始める。機械兵:テレサ。彼女の鉄の両掌から発射される紫色の弾丸には神経毒が仕込まれており、受けた相手を麻痺させる。
怪物の動きが鈍くなったことを確認したテレサは、「ハムレット!」と声を張り上げる。
蔦の這う廃墟ビルから顔を覗かせたハムレットは、鉄の右腕をテレサの前にいる怪物に向ける。その瞬間、鉄の右腕は大きな弓に姿を変え、鋭い光の矢を放つ。その衝撃で彼の白髪は揺れる。矢を受けた怪物は声を上げることなく倒れ込み、腹部から大量の血液を流す。そして少し時間が経つと怪物の腹部に刺さった光の矢は消えた。
機械兵:ハムレット。彼は動かなくなった怪物にしばらく憎悪の籠った鋭い視線を向けた。そして大弓に変貌した右腕を元に戻すと、鉄の右腕で胸元のネックレスを握った。
ハムレットは廃墟ビルから降りるとテレサ、デナリのもとに向かった。生身の左手には一枚の紙を持っていた。
「バンクシーは?」とハムレットが訊くと、「もう終わったよ」と後方から声が聞こえた。
3人が振り返ると、そこには両腕の剣を赤黒い血液で染めたバンクシーが立っていた。機械兵:バンクシー。まるで血に染まったかのような赤い髪をした彼は優しく微笑み、両腕の剣を元に戻した。剣から姿を戻した鉄の両腕は、変わらず怪物の赤黒い血液で汚れていた。
「さすが、はえーな」ハムレットは言うと、バンクシーは小さく微笑み、「そっちこそ」と言った。
「つい先日までここら辺は平和だったのにね」
そよ風に揺れる平原に目を向け、デナリは言う。
「どこもかしこも怪物だらけ。ほんとにもう、嫌になっちゃう」
テレサは壊れて鉄筋が剥き出しになったビルの残骸の上に腰を掛けた。そして「ハムレット、手に持ってる紙はなに?」とテレサが訊いた。
「写真だよ」とハムレットはテレサに手に持った写真を渡した。テレサは受け取った写真を覗き込むと、首を傾げた。
「何かの記念写真かな?」
テレサは写真を指差しながら、3人に顔を向けた。
「何だろう、大きな木の前で撮った写真みたいだけど」とデナリは言った。
「ああ、でも、一体何のために取った写真なんだろうな」とハムレットは不思議そうに言う。
「でも何だが、ここに映っているふたりはとても幸せそうだね」
テレサは微笑みながら写真を見つめた。
その写真には巨木の前に立ち、ピースサインをして微笑むふたりの少女が映っていた。巨木だけでなく周囲も草木で生い茂っており、とうやら森の中で撮った写真の様だった。
「きっと、ふたりにとってとても素敵な時間だったんだよ」テレサはバンクシーの言葉に耳を傾け、感慨深そうに呟いた。
「はは、こんな森の中の写真じゃあ、あまり素敵には見えねーけどな」とハムレットは笑った。
「そんなことはないさ。写真というのは元来、素敵な時間を永遠に残すために撮るものさ」
普通なら言うのが恥ずかしそうなセリフも、バンクシーはごく当たり前の言葉を吐くように言った。
「世界から怪物がいなくなれば、この写真のふたりみたいに幸せに暮らせるのかな?」
写真を眺めて言うデナリの頭を、ハムレットは優しく撫でる。
「ああ、怪物を全て殲滅すれば、きっと平和に暮らせるさ」
ハムレットは優しく微笑み、そのままゆっくりと顔を上げた。眼前にはまるで大海のように青々とした空が広がっていた。
「早く全ての怪物を討伐して、平和を取り戻そう」
そう呟くと、ハムレットは歩き始めた。3人は頷き、ハムレットの背中を追った。
平原に、優しく穏やかな風が吹いた。まるで、血に汚れた4人の背中を押すように。
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