最終幕 いつまでも

第22話ドアを閉めて…

夏休み。

それは大概の学生にとって甘美な響きであることだろう。

ご多分に漏れず僕にとっても夏休みは何にも代えがたい一大イベントである。

そんな初日から自宅では騒がしい日常が繰り広げられている。

「仕事の邪魔になるので帰ってもらってもいいですか?」

ルナはスミスに冷たい視線を送ると手を払うような仕草を取る。

「タケルに会いに来ただけですけど?何か問題ある?」

スミスは目も合わさずに窓の向こうを向いて答える。

「そのタケルも今は仕事中です〜。スミスさんはお帰りください」

「親しくないのにスミスって呼ばないでもらってもいいですか?貴女に言われると鳥肌立つので〜」

「………良いから帰って」

「ここは貴女の家じゃないでしょ?命令できる立場じゃないはずだけど?」

「………分かるでしょ?折角の夏休みなの。二人で過ごしたいのよ」

「だから来てるんですけど?ふたりきりになったら貴女がタケルを襲いそうなので」

「そんな事は…!しない…はず…」

「………何で自信ないのよ。絶対に帰らないから」

「帰れ〜」

二人は息の合ったやり取りを繰り広げていて本当は仲が良いのではと勘ぐってしまうほどだった。

「スミスもお昼食べていくでしょ?リクエストある?」

彼女らのやり取りが一区切り着いたところを見計らうと口を挟む。

「食べてく〜素麺が良い!」

「OK〜」

適当に答えるとキッチンに向かう。

そこから慣れた手付きで素麺を湯がくと昼食の準備を完了させる。

テーブルに運んだ所で遅くまで寝ていた妹のミコトが起きてきてリビングに顔を出した。

「めっちゃ寝た…寝すぎて疲れた…ダルい…」

ミコトは毎日家に来るルナにも慣れてきたようで本当の姉のように慕っていた。

「ルナ姉おはよう。夏休みなのに仕事は続くんだね…ブラックだ…」

「ルナ姉!?ミコト!何親しげな呼び方してるのよ!裏切り者!」

ミコトの言葉にいの一番に反応したのはスミスだった。

「うぇっ…!?なになに!?裏切り者って何!?」

目覚めていきなりの出来事にミコトも戸惑っているようだった。

「私のことお姉ちゃん呼びしたことないでしょ!?」

「うん。だってスミスはスミスだし…」

「………若干ナメてるでしょ?」

「気付くの遅いよ」

「………」

スミスは無言の圧力をミコトに向けていたが妹はさらりとそれを回避するとルナに向かい合う。

「それにしても本当に夏休みなのに良いの?お兄ちゃんとデートしたくないの?イチャイチャしたりとか…スミスが邪魔なら言ってね?私が外に連れ出すから」

「ちょっと!ミコト!」

そんな他愛のない会話の応酬が繰り広げられていて僕は平和の日常を微笑ましく思った。

昼食を取りながら妹とスミスは未だに言い争いという名の戯れを繰り広げている。

ルナは僕の隣に座ると呆れたような表情を浮かべていたが何処か楽しげに見えた。

「夏休みは良いね」

そんな言葉を口にしたのがルナだったのかスミスだったのかミコトだったのか。

あるいはこの場にいる全員だったかもしれない。


夕食を作り終えて冷蔵庫にしまった所で僕らは本日の仕事を終えてしまう。

エプロンを外して椅子にかける姿を見ていたミコトはルナに声をかける。

「二時間ぐらいスミスと外で遊んでくるね〜」

ミコトはスミスの手を強引に引くと二人揃って家を出ていく。

スミスは終始何かを言っていたが、この後の展開を考えるとほとんど耳に入ってこない。

僕らは視線が交わりお互いを求めたい欲求に駆られる。

言葉はなかったがどちらからともなく手を取り合うとそのまま自室に向けて歩き出す。

「タケル。女の子の嫌がることはしない。絶対に傷つけない。言いたいこと分かるわよね?」

その道中で母親が釘を差してきて僕はそれに頷いて応える。

「じゃあこれ以上は言わないけれど…お父さんとお母さんも少しだけ外に出てるから」

母親と父親は揃って家を出ると僕らには完全に準備が整っていた。

体温が急上昇していくような気配を感じながら僕らは自室に入っていく。

部屋のドアを閉めて…。

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