第16話我が子のためなら親は嫌われ役だって進んでやる
土曜日の朝。
早めに目を覚ますと徹底的に身だしなみを整えて家を出る。
緊張した面持ちで家を出た息子を不審に思ったのか母親が後を追いかけてくる。
「ちょっと!何処行くの?」
全国の母親がどういうものか僕はよく知らないが…。
うちの母親にこの様な言葉を投げかけられたのは人生で初めてぐらいの経験だった。
「え?ルナの家」
「は?休日に?」
「そうだけど…なにか問題ある?」
「バカ!大アリに決まってるでしょ!休日なんだからご両親だって居るでしょうし手土産の一つも持たせずに行かせるわけにはいかないのよ!ちょっとそこで待ってなさい!」
母親は一度自宅に戻るとブランド物の仰々しい紙袋を僕に渡してくる。
「なにこれ?」
「ファンの方から頂いたものなんだけど。私一人じゃ食べ切れないし。タケルやお父さんに分けるのも変だから取っておいたものよ。高級なお菓子が入っているから。家に入ったらご両親にしっかりと渡すのよ?」
それに頷いて応えると駅に向けて足を向ける。
だが母親に後ろから襟首を掴まれて踵を返すことになる。
「なんだよ」
「言っておくけど他所様の家で恥ずかしいことしてくるんじゃないわよ?他人様の家で腰が触れるなんて思うんじゃないからね?」
お灸をすえられてしまい僕の中の欲求は一気に萎えてしまう。
しかも母親からのキツめな下のほうの忠告。
(これから恋人に会うっていうのに最悪だ…)
若干項垂れ気味に頷くともう一度駅に向けて歩き出す。
母親は角を曲がるまで僕を見守っていて何とも言えない思いに駆られるのであった。
一度訪れたことのある成瀬家。
チャイムを鳴らすとルナとミカが飛び出してくる。
「タケル〜♡」
ミカはルナを押しのけて僕に抱きつくと可愛らしく微笑んだ。
「ミカちゃん。こんにちは。あれから怖い思いはしてないかな?」
「うん♡タケルのおかげであれ以降はなにもないよ♡」
今のミカを見ていると付き合いたての頃のルナを思い出す。
僕に好かれようと全力で愛情を表現する健気な女子。
ミカの頭を撫でてあげるとそれを見ていたルナにキッと睨まれる。
「怖いお姉ちゃんが後ろで殺気放ってるから一回離れてね」
ミカを引き剥がすとルナに挨拶をする。
「こんにちは。今日は成瀬家にお邪魔させていただくということで。これ。お菓子なんだけど…ご両親に渡してもらってもいいかな」
ルナはそれを受け取ると僕を自宅に招く。
「お邪魔します」
借りてきた猫のように低姿勢で中に入るとリビングに通される。
そこにはやはりご両親の姿があり僕は挨拶をすることになる。
「ご挨拶遅れました。ルナさんと付き合わせて頂いています。斎藤タケルと申します。本日はお邪魔します」
仰々しくならないように少し大人ぶって挨拶をするとルナの両親はクスッと笑った。
「そんなにかしこまらないで。今日はミカを助けてもらったお礼がしたいだけなの」
成瀬母はお茶を出すと僕が持ってきたお茶菓子を広げた。
「こんなに高そうなお菓子を頂けるなんて…私達が恩を返そうと思ったのにね」
「失礼。タケルくんのご両親のお仕事は?」
成瀬父に問われて僕は両親の仕事を思い出していた。
「両親共に漫画家です」
「漫画家!?聞いてないんだけど!?」
ルナは驚いているらしく机から身を乗り出して僕のことを見ていた。
「聞かれたことないから言ってないだけだよ」
「え…じゃあタケルも漫画家になるの?」
その質問をされると思っていから僕は両親の仕事に触れなかった。
何とも言えない禅問答の様な問に頭を悩ませるが、いつかこんな時が来ると思っていたのでシミュレーションは済んでいる。
「両親のキツそうな姿を一番見てきたのは僕と妹だからね。軽々しく漫画家になりたい。だなんて言える雰囲気ではないんだ」
「そっかぁ〜タケルも絵は上手なの?」
「どうかな。実は両親から絵を教わったこともないんだ。自分たちとは間逆な人生を歩んでほしいのかな。だから少年野球団に入れたんだと思うし…」
そこまで言った所で話題は次のものにシフトしていく。
「二人共覚えてる!?ルナに完全に勝利した1番バッター!あれがタケルだよ!」
ミカは完全に興奮しているのか言葉足らずな説明を口にして両親も苦い表情を浮かべていた。
「どういうこと?」
成瀬母はミカの言葉を耳にしてルナに説明を求めていた。
この家ではミカよりもルナの方が学力が高いのかもしれない。
「それはね…」
ルナは当時のことを細かく説明すると両親も覚えていたらしく微笑ましそうに笑っていた。
「それで。タケルくん。ミカが危ないところに助けに行ってくれてありがとう。でもルナの恋人であるなら危ない目にはあわせないで欲しい。もちろんタケルくんも危ない目にあってはダメだよ?今後は人間関係も気を付けて…」
成瀬父が僕を叱責するような言葉を口にすると姉妹揃って父親を罵倒した。
「パパ最悪!タケルには何も悪いところなかったから!特殊性癖の変態に絡まれて迷惑していたのはタケルの方だし!それなのにタケルを責めるようなこと言って…」
「ホントだよ!タケルの友達って言われて付いていったのも私だし!タケルを責めるのは間違ってる!」
ルナとミカは全力で僕を守ってくれる。
だが僕は彼女らに感謝の言葉を口にすると成瀬父と対峙する。
「申し訳ありませんでした。ミカさんを危ない目に合わせてしまって。以後気をつけます」
「はい。気を付けてね」
成瀬父は複雑な表情で一つ頷くと僕らはルナの自室に向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます