第一章第二幕 本格的に他のヒロインも動き出す
第8話やけに嫌な心音
「最終回の先頭打者が初球からセーフティしてくるなんて思わないじゃん?しかも結構外した球だったよね?監督からサインが出てたの?」
ルナは自らの正体を打ち明けてから少しだけ砕けた雰囲気に変わっていっていた。
それは僕らにとって良い変化であり、より恋人らしくなっていっていた。
「サインは出てなかったよ。完全に独断。あの日のルナから打てるイメージが沸かなかったから苦肉の策だったんだよ。結果的に成功して優勝したけど…帰ったら監督に結構怒られたよ」
当時のことを回想しながら僕らはルナの作ってきたお弁当を食べている。
現在は昼休み。
暖かくなってきて夏服にシフトし始めて来た頃だった。
やけに薄着のルナを見るのは目に毒だった。
少しだけ視線をそらしながら何事もないように会話を進めていった。
「何で怒られたの?意味分かんない。優勝したんだから正義でしょ?」
ルナは納得がいかないようで少しだけ苦い表情を浮かべていた。
「中学でもあのピッチャーと戦うことになるんだぞ?気持ちで負けてどうする?打てないイメージをずっと持ったままだと苦戦するぞ?逃げるな!みたいなことを延々と言われたよ」
「セーフティだって立派な技でしょ?内野安打なんだから打ったのと変わらないじゃん。しかも三盗までされて…スリーベース打たれたのと一緒だよ。だから私は試合後に悔しくて…でもあんな土壇場でしっかりと活躍したタケルが凄く羨ましくて…格好良くて…」
ルナは恥ずかしい告白でもするように頬を赤らめながら言葉を口にする。
「えっと…ありがとう」
どうにか感謝の言葉を口にするとルナは僕に問い詰めるように口を開く。
「それで!なんで中学で野球やってなかったの?」
「あぁ〜…それは…ルナが原因と言うか…」
「私?」
それに頷くと僕は酷く恥ずかしい告白を口にする。
「最終打席で僕は自分の可能性に限界を感じたんだ。これ以上は無理だって。シニアに入団したらこんなに凄いピッチャーがゴロゴロ居るんだと思ったら…僕にはあそこが限界だったんだと思う。限界を感じているのに中学、高校と野球をやれる自信がなかった。それだったらルナみたいな可愛い娘と楽しい毎日を送りたいって思ってしまったんだ」
ルナは苦い表情を浮かべた後、満更でもない表情も浮かべていた。
複雑な心境の中でルナは仕方なさそうに一つ頷く。
「でもまぁ。再会できて本当に付き合えたんだから結果オーライだね」
「本当にそうだね」
にこやかに微笑み合い視線が交わった所でタイミング悪く昼休みを終える予鈴が鳴った。
「戻ろうか」
僕らは空き教室からお弁当箱を持ってクラスに戻ると午後の授業に向かうのであった。
放課後デートはいつものことだった。
夕方辺りまで二人で過ごして僕らの仲は少しずつ深まっていっていた。
よく行く場所はバッティングセンターが多かった。
二人で楽しげに白球を打ち込むのはストレス発散にも繋がった。
ストレスとは無縁な生活を送っているのだが、それでも日常に転がっている憂さを晴らすには丁度いい場所だった。
本日もバッティングセンターで遊んだ帰り道を二人で歩いている。
「タケル〜!」
後ろから声がして振り向くとスミスが小走りで僕らの方に向かってきていた。
「スミス…」
「バッティングセンターに行ってたの?野球は辞めたんじゃないの?」
「いや…遊びでだよ」
「ふぅ~ん…」
スミスは意味深に僕とルナを見ると一つ嘆息した。
「まぁ不純異性交遊をするよりかは健康的だね。今度私とも行こうよ」
「ちょっと!私の恋人なんですけど?」
ルナはスミスに食って掛かるが彼女は戯けた表情を浮かべて受け流した。
「私の唯一人の幼馴染なんですけど?勝手に取らないでもらっていいですか?」
「私だって…!」
ルナはきっと少年野球時代の話をしようとしているのだろう。
だがそれはスミスにするには悪手でしかない。
「知ってるよ。あの時の投手でしょ?名前聞いて思い出したよ。私はあの日、猛打賞だったけどね」
「は?え?」
ルナは意味が分かっていないようで素っ頓狂な声を漏らす。
「だから。私はあの日。貴女から三本のヒットを打ったよ?楽勝だったな〜」
スミスはルナを挑発するような言葉を口にすると悪い笑みを浮かべていた。
「あの小生意気な顔していた4番?嘘でしょ…」
「本当。タケルが辞めたから私も中学ではやってなかったけどね。今やっても勝つ自信あるよ」
「は?じゃあやる?」
ルナとスミスはバチバチと視線を交じらわせて火花を散らしているようだった。
「まぁまぁ。もう僕らは現役じゃないんだから。遊ぶ程度にしようよ」
二人をどうにか諌めて駅に向かうとルナは僕らとは別の電車に乗り込む。
「また後でね」
手を振って帰路に就くとスミスは僕に唐突に口を開く。
「私。ずっとタケルが好きなんだよね〜」
その衝撃的な告白に僕の心臓はやけに嫌な心音を奏でるのであった。
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