第3話 依頼者

「月浜昴と申します。依頼いただきました冷蔵庫の修理を担当させていただきます」昴は名刺を差し出した。女性は名刺を受け取り名刺を見つめながら

「月浜昴さん…素敵なお名前ですね。お待ちしていました、こちらへどうぞ」

と、昴をドアの奥に招き入れた。

「わざわざ通用口までお越しいただいて、ごめんなさいね。普段はお店開いている時間だけど、冷蔵庫も故障しちゃったし、臨時休業にして確定申告を終わらせちゃおうと思って…」

「いえ、全然構わないですよ。大体いつも入店するときは裏口が多いですから」昴は通用口の扉を閉めながら笑顔で返答した。

 女性の案内で人一人が通れる狭い通路を昴はついていく。女性は彼よりも頭2つ分程低く、うなじが見えるぐらいのショートヘア、ベージュのワンピースに桜色のカーディガンをまとっている。

「確定申告はね、毎年年始めに終わらせようと思うけど、数字関係はついつい先延ばしにしちゃうのよね」

と女性は何度か振り返り、昴に話しかけてきた。その度に何かの葉をモチーフにしたピアスが耳元で揺れる。

 やがて小さな部屋が現れ正面に大きめの木製の机と椅子、左右に書棚が現れた。ここは喫茶店の事務所だろうか。机の上には、書類がいくつも広げられている。椅子の後ろの壁に目をやると、

『綾乃さんへ』

と真ん中に大きく書かれた寄せ書きの色紙や、沢山の写真…喫茶店の前でのスナップ、結婚式や、赤ん坊のアップなどがバランスよく貼られていた。依頼者自身が写っているものもあれば無いものもある。

「あのコーナー、気になりますか?」

依頼者の声でハッと我に返る。

昴が声のする左の方向を向くと、いつの間にか女性は昴から離れており、ドアに手をかけてこちらを見つめている。

「す、すみません!ジロジロ見てしまって…」

驚きを隠せなかった昴は、素早く女性に頭を下げて謝罪をした。

「フフッ、いいわよ、気にしないで。あれはね、このお店で働いてた子たちから、私へのギフトを飾っているの。結婚報告や赤ちゃんの報告は特に嬉しいわよねぇ。ちなみに綾乃さんっていうのが私のこと。」

何か、はしたない方法で女性の自己紹介を受けてしまったことを恥じて、少しうつむき加減に昴は女性のいる扉の方向へ足を早めた。

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