第2話 訪問

 昴は信号待ちをしながら、横断歩道の先にある喫茶店を眺める。こじんまりとした店の左側には大きな桜の木が朝日を受けて佇み、蕾を抱えた枝の影を急傾斜の屋根に向けて落としていた。レンガと木材を使用している店の外観は、洋風なつくりなのに、不思議と何か懐かしさを感じさせる。桜の木のすぐ右側に

【喫茶 木漏れ日】

と看板のあるレンガのアーチの奥に店の入り口が見える。扉に張り紙らしきものがあるが、何が書いてあるかは少し薄暗くてまだ読み取れない。

 信号が青になり、喫茶店へと歩みを進める。入口右側に張り出したテラス席が2席あり、その奥のガラス越しに店内が見える。薄暗いながらも喫茶店らしい落ち着いた雰囲気が漂っている。アーチ手前の段差を登り、入り口の茶色いガラス扉まで近づくと、恐らくオープンとクローズを裏返して使用するであろうサイン看板に、手書きの綺麗な字で『ゴメンナサイ…本日臨時休業※修理業者の方は向かって右奥の通用口よりお入りください』と紙が貼られていた。

 昴は指示の通り、店沿いに右側に回り込むと、右奥に客用駐車場と思われるスペースが、店の左端に小さめの木の扉があった。扉の前まで進むと「通用口」と小さく看板がつけられ、右の端に呼び鈴がついている。昴は腕時計を確認し、訪問予定時刻の午前9時ジャストに呼び鈴を鳴らす。

「ジリリリリリーン」

 と古めかしい音が鳴り響き、しばらくしてから

「ハーイ」

 と依頼者らしき女性の声が聞こえた。

「ご依頼の冷蔵庫の修理にお伺いしました」

 昴は明るい声を意識しながらドア越しに呼びかける。パタパタと足音が近づき、カチャッと鍵の音がして、手前にドアが開く。その瞬間、桜の花の匂いを昴は感じた気がした。微笑みながら出てきた依頼者は、4、50代の物腰の柔らかそうな女性だった。

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