第5話
***
数日後。
俺の思惑通り、淳は「椿野夏輝」として死んだ。
淳を殺した犯人は、その後無事に逮捕された。血が滴るサバイバルナイフを手に持ちながら住宅街を徘徊していたところを近隣の住民が目撃し、通報したらしい。
しかも、その犯人は十四年前に幼い珠莉に性暴力を行った男と同一人物だった。
なんでも、事件の目撃者である母さんのことをずっと恨んでいたらしく、その報復として息子である俺たちを殺害しようと計画していたらしい。
犯人曰く、「あの女を殺すより、息子たちを殺してやったほうがダメージを与えられると思ったから」とのことだった。
(もし、あの時飲み物を買いにいかなければ俺も淳と一緒に殺されていただろうな……)
そう考えたら、途端に肝が冷えた。
とはいえ、あの男のお陰で俺は淳に成り代わることができたのも事実なので、なんとも複雑な心境だった。
とりあえず、両親は俺が淳に成り代わったことに気づいていないようだ。
俺自身がこの秘密を墓場まで持っていけば、恐らく一生感づかれることはないだろう。
そして、今日。非業の死を遂げた「椿野夏輝」の葬儀が執り行われる。
俺は身支度を済ませると、両親とともに斎場へと向かった。
斎場には予定よりも早く着いた。特にすることもないので席に座って大人しく待機していると、暫くして翠川一家が到着した。
翠川のおじさん、おばさん、そして珠莉は顔を曇らせたまま無言で席に着く。
おじさんとおばさんは、心ここにあらずといった様子だ。珠莉に至っては、泣き腫らしたのかせっかくの美貌が台無しになっている。
一方、俺の両親はと言えば──どことなく、晴れやかな顔をしていた。しかも、自分たちの息子が死んだ直後とは思えないほど落ち着いている。
そんな二人を見て、俺はなんとなく悟った。
(──きっと、
夏輝は色んな意味で珠莉のお気に入りだった。
両親はそのお気に入りである俺を差し出せば珠莉に「許される」と思い、何が何でも夏輝と彼女を結婚させようと必死だった。
でも、その「お気に入り」は十四年前の事件の犯人の逆恨みによって十七歳の若さでこの世を去ってしまった。
だから、恐らく「これで全部ちゃらになる」とでも思っているのだろう。
でも──果たして、そんなにうまくいくだろうか?
そんなことを考えていると、一度席についた珠莉が突然立ち上がり、何故か俺の方に向かってつかつかと歩いてきた。
(もしかして、成り代わったことがばれたのか……?)
俺は戸惑った。けれど、慌てている素振りを見せれば相手の思うつぼだ。なんとか、平常心を保たなければ。
そして、珠莉は俺の側まで歩いてくると、今にも泣きそうな顔をして詰め寄った。
「酷いよ、淳くん! なんで、夏輝を守ってくれなかったの!? 私たちのこと、応援してくれるって言ったじゃない! 絶対に夏輝を私から離れないようにするって約束してくれたでしょ! なのに、なんでみすみす殺させたの!?」
「……」
珠莉の口から飛び出したのは、意外な言葉だった。どうやら、俺の正体に感づいたわけではなさそうだ。
正体を見破れないくらいだから、所詮、珠莉にとって椿野夏輝という人間は都合のいいサンドバッグでしかなかったのだろう。
彼女にとって夏輝は苛立ちをぶつけられる相手であり、依存できる相手でもあった。
夏輝に自分が事件の被害者になった責任を取らせて逃げられないように外堀を埋めることで、日頃から心の安定を保っていたのだ。
(でも、まさか本当に淳の言動を真似るだけで騙し通せるとは思わなかったな……)
正体がばれたのかと思い一瞬焦ったが、どうやらその心配は杞憂に終わったようだ。
「……ねえ、おじさん。おばさん。夏輝が死んだからって、責任から逃れられると思わないでね。こうなったら、一生かけて償ってもらうから」
「え……? じゅ、珠莉ちゃん……?」
「そ、そんな……夏輝は死んだのよ!? これ以上、私たちにできることなんて……」
珠莉に詰め寄られた父さんと母さんは、顔面蒼白していた。
それもそのはず。やっと自由の身になれると思ったのに、珠莉にそれを否定されたのだ。
まさに、絶望の淵に突き落とされたような心境だろう。
「絶対に逃がさないから……」
珠莉は憎しみのこもった目で二人を見る。その様子を見て、俺は胸がすく思いだった。
もしかしたら、今後両親が「淳と結婚したらどうだろう?」と血迷った提案をするかもしれないが、恐らく珠莉は淳を夏輝の代わりとしては見れないだろう。
それに……多分、珠莉は淳に対して負い目がある。先日淳のスマホを見て初めて知ったのだが、どうやら彼は頻繁に珠莉からの相談に乗っていたらしく、そのせいで恋人と過ごす時間も大分減っていたみたいだった。
当然、その恋人とはうまくいかなくなって別れを切り出されたのだが、その件に関して珠莉は平謝りをしていた。
さっきは気が動転していたせいか淳を責めていたが、平常時だったら間違ってもあんなことは言えないだろう。
何はともあれ……一先ず、「傍観者」としての立ち位置を手に入れることには成功した。当面の間は、「淳」に危害が及ぶことはないだろう。
(とはいえ……こんな狂った連中といつまでも一緒にいるなんて御免だからな。高校を卒業したら、すぐに家を出よう)
そして、両親や翠川一家とは一切関わらないようにするのだ。
そう決心すると、俺は「椿野夏輝」の遺影を見据えた。
(自由になるきっかけを与えてくれてありがとう、淳。俺、お前の分まで生きて幸せになるよ。……だから、安心してあの世から見守っていてくれ)
言い争う両親と珠莉を横目に、俺は密かにほくそ笑んだ。
親に大嫌いなパワハラ幼馴染との結婚を強要された俺。言いなりになるのが嫌なので、ある方法を使って両親と婚約者である幼馴染をざまぁしつつ自由に生きることにしました。 柚木崎 史乃 @radiata2021
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