第8話 『鬼』

「うわっ!」


驚いて、片手で床をしっかり支え、あいりの身体を受け止める。シャツ越しのあいりの柔らかい身体の感触と、白いTシャツからうっすらと覗く下着のラインに、一気に熱が上がった。



「これで、引き分けやし!ーーーたくみの顔、しに赤いど。なんでなー?」



「なっ・・・!! 何でもねぇよ!! 近ぇっ!」


「ありっ!! ごめん。」



「あっ!?」


「何かあってん?」



またあいりの近くにアイツがいた。黒い煙のような感じであいりの隣にスーッと寄っていったり、グルグル回ったり、遊んでるみてぇだ。


「いっいや、、、別に。ーーーあいりは病気とか、その、、身体に悪いところとかねぇよな?」



「病気? なんでね? 見ての通り健康やんにー!」



だよな。これ本当に『鬼』か???


その後も夏休みの間、毎日のように離れの部屋で、オレはあいりから稽古を受けた。自己流でやっていた時とは違い、呼吸やら重心の置き方やら、今まで考えたこともないような内容が多かった。だが、あいりから教えてもらったことを念頭に、蹴りなどの攻撃をすると、その正確性や打撃の強さが確実に増した。



あいりの近くに時折居る『鬼』は、あいりに似て居たり居なかったり形もさんざんに変える気まぐれなものだし、真っ黒なのに不気味な感じはしなかった。


《お前、何であいりに憑いてるんだ? どっかいけよ!》


そう言うと、一瞬オレのところに寄ってくる気配を見せるが、実際にオレを取り巻くことはなく、結局あいりの近くに居座っていた。


ーーーあいりの近くが居心地いいとか? この”霊的な存在”が、その辺でたまに見かける無害なものか、人が死ぬ時に見る存在なのかだんだん自信が持てなくなってきた。



夏休み、あいりと過ごすようになり、分かったことがある。あいりは毎日相当早起きし、生活のほとんど全てを自分の鍛錬に費やしていた。


ーーー別にもう先生として、地元に帰れば仕事があるんだから、そこまで一生懸命にならなくてもよいんじゃね?


あいりの強さへの嫉妬なのか、それとももっと趣味とかそーいうのをやってみてもいいんじゃねーか、とか余計なお世話だと知りつつ考えたりした。


ある日、稽古の後、一緒に縁側で冷たく冷やしたスイカを食べてる時、何気なく聞いてみた。


「はぁー、しに美味し~!!」



「・・・。あいりは何でそんなに一生懸命なんだ? 跡継ぎでちいせぇ時から稽古ばっかさせられてたんだろ? 他のことやりてぇとか思わないのか? 」


「たくみは、陰陽師の仕事?、うちは詳しくないけど、鹿乃江さんの後を継ぐの嫌なわけ?」



「嫌っていうか、めんどくさい。他にもやりてぇことたくさんあるし。」


「ふふっ!! きみはまるで昔のうちみたいど。本当に放っておけんよ。」


「はぁっ?」


「他にやりたいことがあって悩むのは、きみが優しいから。 して、看板がうちに向かって落ちてきた時も、咄嗟に助けたさぁね?」



オレが優しい? 自分勝手だから、ワガママだからオレは悩んでるだけだとずっと思ってきたけど。


「そんな風に考えたことはなかった・・・。」


「うち、今は楽しいんよ。でもさ、以前はおとうがやってるのを見ても、そんな真剣にやりたいとは思わんて、てーげーでいいよって。」


「じゃ、今は何で?」


「去年、うちのおとうが亡くなったことは、たくみも知ってるはずね?」



「ああ、あいりのお父さんも武術の先生だったんだよな。」



「 うん、ーーーーうち、知らない男に乱暴されそうになったんよ。助けにきたおとうは、そいつに突き飛ばされて、走ってきた車に轢かれたわけ・・・。してから、武術をこのまま続けるのは、おとうが言ったからか、うちが自分で選んでやるのか考えたさぁ。」




「余計なこと聞いてごめん。」



「ううん、うちは、毎日おとうが熱心に練習してるのを見てるのが好きやし、うちは自分で選んでやってんよ。自分で選んでるからに、中途半端にはやりたくないやんに? それだけ。」





「そか。」


焦茶色の瞳が強い光を宿してるみてぇだ。こんなにもひたむきに自分の道を歩く彼女を、羨ましく、そして同時にとても綺麗だと思った。強えぇのにおっとりしていて、年上でオレなんかよりずっと大人なのに、身近に感じられるこの人をもっと知りてぇと思った。


もし、オレがもっと真剣に陰陽師について学んでいたら、あいりの近くをウロウロする『鬼』も何とかできたのかな。





!?


ふと、あいりの方を向いた時だった。ここ二、三日、姿を見せていなかった『鬼』が、赤黒い色になり、あいりの身体の全てを覆っていた。

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