第7話 稽古
「な、何でココに?」
目の前には、白いTシャツに水色の半ズボンを履いた、今朝出会った女性がいた。あいりっつってたな。
「何でッて、うちがきみに武術教えるんよ。」
濃い茶の瞳を大きく開き、血色の良さそうな頬を緩ませる。
「は?須波さんの子どもって、男じゃ・・ない???」
武術の先生っつーから、てっきり男だと思い込んでた!! あいりが沖縄から来たって言ってた時点で、気づけたのに!!
口をポカンッと開け、ついあいりを凝視するオレは、よほど驚いた顔してたみてぇだ。
「いみよ~!!ーーーうち、男に見える?? うりっ!!」
あいりは、ふはっと笑い、白いTシャツを手で押さえつけ胸のふくらみを強調するような仕草をした。
「そ、そんな男がいてたまるかッ!」
からかわれてると思いつつ、顔が赤くなるのを止めらんなかった。クラスの女子が体育の授業で似たような服装してても全然関心もなかったのに、どうしちまったんだ、オレ?
「ふふっ!! たくみ、さっそく練習するやんに?」
目の前を見ても、今朝見た『鬼』はいないようだった。あいりから離れたのか? オレは心の中でホッとしながら、あいりの華奢な身体を見る。練習って、女を殴れるわけねぇだろ。少しぶつけたらすぐアザになりそうなぐれぇ、柔らかそうだし。
「でも、女相手に・・。」
「大丈夫やし。うち、たくみより強いからに、本気でかかってきていいんよ!!」
胸をトンッと叩き、口調は穏やかだけど、挑みかかるように口の端を上げる。
「その格好のまま?」
肌の露出が多いんじゃ・・・? とはさすがに言えなかった。
「もちろん!今日は様子見だからこれで十分。たくみはその格好?」
まあ、最初から本気でやるわけじゃねぇか。オレも制服のまま来ちまったし。
「着替える時間がなかったんだ。ーーーオレもこれで大丈夫だ。」
上着を脱いで腕にかけ、ズボンとシャツ一枚の格好になる。
「じゃあ、こっちさぁー。 」
サンダルを脱いで、離れの入り口を入ってすぐの、稽古もできるぐれぇのこの家で一番広い部屋へ入った。
「言っとくけど、女だからって手加減しねぇぞ。先生なんだろ?」
今朝は、突然だったが、筋力と腕力なら負けねぇ自信があった。
「ふふっ、まずは、たくみの腕前、みよーねー。」
部屋の真ん中にスクッと立ち、小首を傾げて、赤く艶のある唇で明るい声を紡ぐ姿は、健康的で元気そのものだった。
ーーー良かった!! やっぱあの黒ぇのは気にするほどでもなかった!!
向かいあって立つ。ほんわかしたあいりの雰囲気が、すぐに研ぎ澄まされたものに変わった。天井も高いし、窓も開放してあるので、圧迫感はないはずなのに、部屋が普段より狭く感じる。あいりの”気”っつーか、存在感がこの部屋の空気を一変させるほどに増してるようだった。
でも、あいりから攻撃してくる様子はない。いくら稽古とは言え、高校生のオレより小さな体格の女に手ぇ出すことにためらいがあった。とりあえずオレは、足元めがけ蹴りを入れ・・・ようとしたが、かわされてしまった。次は決めてやると、結構本気でかかっていった。だが、これもあっさりかわされた。
ーーーはぁっ? つま先すらもかすらねぇ。
その後も、どんなに蹴っても殴っても、すべてうまくかわされてしまった。
「あらん!! そんなに力まんけ!! てーげーてーげー!!」
息がゼーゼーして、必死で動いてたせいかシャツが乱れ、汗が吹き出してきた。この部屋、エアコンついてねぇんだよな。
あいりののんびりとした声に、少し肩の力が抜けた。「今度こそ。」フーフーと、数回深呼吸をして、拳を握り、一気にあいりの間合いに入り、渾身の蹴りを繰り出した。
もう少しで足首を引っ掛けられるっ!と思った時、あいりは軽く跳ね、クルンッと床で一回転したかと思うと、部屋の脇に置いてあった木の棒を手で掴んだ! そして器用に棒を振り回し、あっという間にオレの足をはらった。
バランスを崩し、ステンッとうつ伏せで床に転がされてしまった。痛みはなかったが、羞恥でいっぱいだった。まるで子どものように簡単にあしらわれた。「き、きたねぇ!!」
急に棒を使うなんて聞いてねぇぞ!オレは額を床に押し付けたまま、両手の爪を床に立てた。
「たくみ、大丈夫? どっかぶつけてん?」
顔を少し上げると、スラリとした足が見えた。そして、白い手が目の前に差し出された。
「・・・。」
その柔らかくて華奢な手を握りしめた時に、オレは起き上がりながら、グイッとその手を強く引っ張った。そっちだって棒を使ったんだから、これでおあいこだ!!
「ありっ!?」
初めて慌てた顔を見せたあいりに可笑しくなり、「そっちだって・・・!?」と、軽口を叩こうとした時だった。
ちょっとつまずくくらいかと思っていたのに、床の上で滑ってしまったのか、あいりの身体がオレの方に倒れてきた。
!?
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