第六章 氷の国
第31話:魔王
ぎしり、と雪を踏む音と、何者かの声。おそらく、魔族。
(――帰ってきた)
カスタネルラは雪の中で立っている。体感、十年を超える時を経た、帰還。あの時のことを思い出し、近づいてくる魔族に対応するべく深呼吸。
「――誰――」
青色の肌の、角の生えた、魔族。その姿が見えた瞬間に、カスタネルラは魔力を放つ。魔族の叫びが響く前に、彼を氷漬けにした。声を出されると困るので、手足と口を塞いだ状態だ。
あの時は、震えるほど恐ろしかった魔族も、今では容易く無力化することができる。カスタネルラは安堵しつつ、敵――魔王がいるであろう城に目を向ける。事前情報で、魔王が城を乗っ取り、配下を配置していることは聞いている。……というか、明らかに気配が違う。存在感、とでも言おうか、とにかく異常なモノが城にいることは間違いない。
カスタネルラは迷いなく城へと向かう。身を隠すこともしない。自分なら、大丈夫だという自信がある。そうして――城の前に立つ、門番らしき黒いローブの魔族と対峙した。
――戦闘は、ものの五分程度だっただろう。だがその時間で、カスタネルラは自身の甘さを思い知った。門番は、死神という種の魔族だったが、確かに強かった。だがそれ以上に彼女自身の想いが違う。今までは、死んでもやり直せたのだ。しかし、当たり前だがここではそうはいかない。致命傷でなくとも、傷を受ければそれだけ魔王を倒すリスクとなる。結果、どうしても保守的な戦闘方針となり、大きく苦戦を強いられた。死神が精神的ダメージを得手とするタイプだったこともあり、肉体以上に、心に傷を負っている。
氷漬けにした黒ローブの魔族を横目で見ながら、カスタネルラは城の扉に手を掛けた。
「まだ、城の入り口……」
絶望しそうになる己を奮い立たせ、カスタネルラは城に入る。これまでの日々を思い返しながら。
◇◆◇◆◇◆
城内で戦った魔族は三名。どれも強敵だった。最初は、刀を持った鬼。凄まじい剣術で、全身を切り裂かれた。特に左腕の傷は深い。
次は炎を操る狐の獣人に似た女性で、結果的に全身を焼かれた。特に右足の火傷は深く、歩行に支障があるレベルだ。
そしてついさっき。吸血鬼に襲われた。血液を用いた攻撃で翻弄され、様々な軽傷を負ったが、それ以上に全身の血液を一割以上持っていかれた。おかげで体調はすこぶる悪い。無尽蔵の魔力で何とかそれぞれ負った傷を塞ぎ、無理やり動かしているが完調とは程遠い。むしろ満身創痍とさえいえるような状況だ。
そんな中で、玉座へたどり着いた。扉を開け、そこにいたのは――金髪碧眼に、大きく捩れた角を持つ、十歳くらいの少女だった。
「――貴女が、魔王?」
カスタネルラは、問いながら、右足を少し踏み込み、魔力を込めた。
「うん、そうだよ、侵入者さん。……なんだ、さすがにボロボロだね。あの魔族たちも、口だけじゃなかったってことかな」
少女は、部下の敗北を悼む様子もなく、むしろ笑みさえ浮かべながら言う。
「貴女は、彼らの上司ではないの?」
口ぶりから、どうも信頼関係で結ばれているとは思えなかった。
「ううん、違うよ。彼らはよくわからないけど私を利用しているみたい」
「利用……?」
「そう。魔王にも色々いてさ。例えば種族のトップの人がなる場合もあるらしいんだけど、私は、ある日突然何の理由もなく、魔王になってすごい力を手に入れた。それで、色んな種族の偉い人に助けを求められて、よくわからないから頷いてたら、こうなってた。魔族のために、人間の町を滅ぼしてくれ、って言われたから、やっただけ」
その言葉には、何の感情も籠っていなかった。
「でもみんなやられちゃったのかー。どうしたらいいんだろ。とりあえずあなたを倒せば、また別の人が魔界から来るかな?」
「……退いてくれる気はない? 私たちはみんな、苦しんでいる。たくさんの人が死んで、これからももっと死ぬ。貴女たちが――貴女が退いてくれれば、きっと何とかなる」
少女の意思でないのであれば、説得の余地があるかもしれない。彼女以外の魔族であれば、カスタネルラ以外でも腕利きなら対応は可能な範囲だろう。
「え? 嫌だよ。一応これでも魔王だからさ、魔族のためになることをしないと、ね。だから――殺すね?」
最後の一言と同時に、少女の姿が掻き消えた。カスタネルラは、咄嗟に身体の前方――腹部あたりに氷で壁を作る。一瞬でできたのは九枚。花弁のように、身体を守らせる。
――ドスン、という衝撃。魔王の拳が、氷の花弁九枚をあっさり貫通し、そのままカスタネルラの腹部へ突き刺さった。後方へ跳躍したものの、勢いは殺しきれず、そのまま部屋の壁に激突する。
ごぼ、と、口から血が流れる。内臓を痛めた。全身を魔力で強化し、氷の壁を作り、体術で勢いを殺した。それでも、このありさまだ。直撃していたら身体は真っ二つだっただろう。
「あれ? 普通は今のでバラバラになるんだけど……お姉さん頑丈だね。――うん、ちょっとは楽しめそう!」
ニコニコと笑みを浮かべる魔王。その純粋な笑顔が、夏の国であった少女のものと重なって、カスタネルラは陰鬱な気分になる。
――善悪の区別すらない子供を、兵器として利用するなんて。
魔族に対する怒りがこみ上げる。いずれにせよもはや戦う道しかない。口の端を拭い、魔王と対峙する。
――さあ、最終決戦だ。
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