第30話:光の向こうへ

「おかえりなさい。どうでした?」


「ただいま。――とりあえず、やれることはやったよ。自分では、うまくいったほうだと思う」


 メリルの言葉に返答する。――最初、無残な死を迎えたあの時に比べれば、奇跡的ともいえる決着だと思う。


「そうですね……では、どうしますか? 戦ってはいませんが、少なくともあの火竜と同格以上であるというのは、測れたと思いますが……元の世界へ戻り、魔王を倒しに行きますか?」


 カスタネルラはしばし考える。


「――とりあえず、メリル。もし私が戻ったら、もう貴女と会うことはないんでしょう?」


「……ええ、そうですね。私はあくまでここの案内役ですから」


「私がいなくなった後は、どうなるの?」


「ええと……想像ではありますが、本来私には自我はありません。与えられた作業をこなすだけの機械です。私にこの人格が与えられたのは、貴女が孤独に耐えられないだろうという、世界の判断ゆえでしょう。ですから――役割を終えた機械は、また元に戻るだけだと思います」


 キカイの身体を持つ彼女は、ここの案内役としてだけ、生み出されたのだ。


「――そう。だったら……もう少しだけ、付き合って。とりあえず、紅茶とか、ないかな。お茶でもしましょう」


「……お茶」


「うん。私ここへ来てからずっといろんな世界を飛び回っていて、落ち着く暇もなかったから。少しくらい、ゆっくりする時間があってもいいと思わない?」


「はぁ……まぁそうですかね。確か、お茶菓子と紅茶くらいは出せると思いますので、少しお待ちを」


「お願い。そうしたら、ゆっくり話をしましょ。そうだな……とりあえず、私が行っていたあの夏の世界、あそこで何があったか、聞いてほしい」


「――ああ、確かに、あそこは私がモニタリングできていませんね。ぜひ、お願いします」


◇◆◇◆◇◆


「――なるほど、本当に色々、ありましたね」


 この空間には時間の感覚がない。疲労も、眠気も、空腹も感じないのだ。だから、カスタネルラはひたすらメリルに話をした。事実を、想いを、そして、手に入らなかった未来を、語った。


「うん。――聞いてくれて、ありがとうメリル。貴女がいてよかった」


「どういたしまして。――では、そろそろ行きますか?」


 カスタネルラは首を振った。


「最後なのであればもう少し――私のわがままに付き合って。私は、色々なところに行ってみたい。そして、その景色を、経験を、想いを、貴女と共有したい。まだ力が足りないかもしれない。まだ救えるものがあるかもしれない、だから……もう少し、別の世界を旅したい」


「……そうですか。わかりました。では、とある世界にご案内しましょう。――行ってらっしゃい、良い旅を」


◇◆◇◆◇◆


 カスタネルラは、様々な国へ旅をした。ずっと文明の進んだ場所があった。全く開拓されていないところもあった。過酷なところもあった。平穏なところもあった。豊かなところも、貧しいところもあった。――皆が、助けを求めていた。カスタネルラはそれらを救い、笑顔と共に狭間に戻って、そのことをメリルに伝えた。同時に、彼女は魔王を倒すための対策も行った。無限の時間を使い、様々な魔術を、力の応用を、戦術を、色々なことを……研究した。


 ――そんな日々が、しばらく続いた。そして。


「貴女の助けを必要とする国は、人は、もういなくなりました」


「そう――じゃあいよいよ、お別れね」


「ええ。長いような、短いような、時間でした」


 メリルは、ここしばらくで、随分表情が柔らかくなった。


「――今までありがとう、メリル。貴女がいたから、私はここまでこれた。――きっと、魔王を倒してみせる」


「こちらこそ、カスタネルラ。貴女がいたから、私は色々なことを知ることができました。――たとえ今の私は消えるとしても、この経験は、きっとどこかに残るでしょう」


 カスタネルラはメリルの手を握り、そして、彼女を引き寄せて抱きしめた。ヒトとは異なる、硬質な体。でも不思議と、温かかった。


「――幸運を」


「ええ。いつかまた、どこかでの再会を願っている」


 どちらからともなく身体を離し、微笑んだ。そして――視界が光に包まれた。


 止まっていた時間が動き出す。


 明日への旅が、今、始まる。



 

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