第29話:たった一つの冷めたやり方
カスタネルラは、海上を凍結させ、海から顔を出す火口を見ていた。山の形はほぼ残っていない。大地は火山に伴う地震で崩れて、半分海に浸かり、島の形を失っていた。この状態では確かに住むことは難しいだろう。
『――相変わらずだな。これではさすがに住むことはできん』
「このままだとどうしようもないから――代わりの大地を作りましょう」
カスタネルラは大きく海の上に張った氷を踏みしめた。――瞬間、海がどんどんと凍り付き、元々島があったであろう場所に、氷の大地を形成していく。
『――ほう!』
感嘆の声を上げるルベライト。単純に島を形づくるだけでは住居としては微妙なので、火口を取り囲むように氷の洞窟を生成した。さすがにある程度の時間はかかったものの、美しい氷の島と洞窟が出来上がった。
「ふぅ。こんなものでどう?」
『――今は良いのだが、これは溶けるのではないのか? それに寒そうだが……』
「これは、私の魔力によって溶けないようになっていて、温度も外気と同様に保たれるように調整したから、大丈夫」
『ほう、それはすごい。……そこまでの事ができるのであれば、もし戦っていたら負けていたかもしれんな』
ルベライトは感心したように言った。この竜は、思った以上に柔軟だ。自身の力を過大評価せず、強いものを強いと認めることができる。
「ぜひ、住み心地を試してみて。好みに合わせて作り変える」
その言葉を聞き、心なしか嬉しそうに洞窟に入っていくルベライト。思ったより好みの細かい竜の指定で、様々な内装や部屋の構造など大幅な改革が行われ、洞窟ではなく、大穴の空いた氷の城が出来上がっていた。
「――さすがに、疲れたのだけど」
『すまんすまん。だが、もうお前に帰るのだろう? 好き勝手注文できるのはこれで最後だろうからな、こだわっておきたかったのだ』
満足そうに言うルベライト。まぁ、彼が納得したのであればよかった。
「――さて、では、私はそろそろ戻って、王様に顛末を報告しよう。乗せてもらえる?」
『それは構わんが……お前、儂に乗って国へ帰って大丈夫なのか?』
確かに、下手をすれば火竜が攻め込んできたように見られるだろう。だが――。
「あなたと和解したことを、伝えたほうがいいと思う。――揉めたら私が、説得するから」
『ふむ……。良かろう。ならば行くか』
カスタネルラは火竜の背に乗り、再び大空へと飛び立つ。――気づけばもう夕方。美しい夕日が、赤い竜の背を照らしていた。
◇◆◇◆◇◆
カスタネルラという魔女が朝に城を出発し、そろそろ日が沈む時刻。途中、火竜が飛び去ったが、彼女はまだ帰ってこない。火竜を追い払って、そのまま命を落としたのだろうか。王は、城のバルコニーから火竜のいない山を眺める。――このまま戻ってこないのであれば、それでもかまわないが、今のままだとずっと火竜が戻ってくる可能性に怯え続けることになる。可能なら、カスタネルラの口から顛末を聞きたいところであった。
「王、そろそろ部屋に戻りましょう。明日状況が変わらなければ、一度火山に使いを出して様子を探らせますので……」
側近の勧めに従い、バルコニーから部屋に戻ろうとしたとき、ふと、空が暗くなった。日が沈みきるにはまだ早い。これは――。
「か、火竜…………!」
城の上空に、火竜が浮遊していた。――ああ、やはり彼女は失敗したのだ。王が絶望したとき、火竜の背から、螺旋状に何かが生み出されていく。
よく見れば、それは、滑り台のようだった。透明な、氷の滑り台。それが、火竜の背から城の中庭へ降り――途中で大きく軌道を修正し、王と側近がいるバルコニーに向かって伸びてきた。さらにそこを滑って、銀髪の少女が降りてくる。
「カスタネルラ殿!」
「ちょうどよかった、王様。事情を説明したいの。火竜にも同席してもらいたいから……いったんここでいいかな」
「王! どうなさいました!」
バルコニーに若い騎士が現れた。彼はカスタネルラと、そして上空に佇む火竜に驚いたようだが、冷静に王を庇うように立った。
「大丈夫。火竜――ルベライトは私達には危害を加えない。今から、事情を説明する」
◇◆◇◆◇◆
カスタネルラは、ルベライトがこの国の火山を離れ、別の火山に住むことになった旨を伝えた。火竜を倒してはいないが、問題は解決した、そう言いたかったのだろう。だが――。
「――火竜はいなくなる。それはいい。だが、これまでに失った人は、町は、時間は、どうなる? 私たちは、ただここにいただけなのだ。やすやすと、納得できるものではない……!」
王は、反論した。ここで頷くのが最善だと、理解はしていた。だが心が、納得できないと訴える。
「気持ちはわかる。だったら、火竜を――ルベライトを殺せば満足する? もしかしたらその戦いで、火山はおろかこの町も滅びるかもしれない。もし被害がなくても、火竜を殺したという事実が、あなたにとってそんなに大切?」
「――理屈の問題ではない。これは、感情の問題だ。私の国を、住処が亡くなった程度で滅ぼされた。たくさんの命が、奪われた。その事実を簡単に認められるはずが――」
「――王。私からもお願いです。火竜はいなくなった。それで良いではありませんか。また、国を立て直しましょう」
王の言葉を遮ったのは、年若い騎士であった。
「……お、お前は、火竜の討伐で父と兄を失い、火山灰の影響で母も失ったのではなかったか! それを、それを、竜だから、災害だから、仕方がないと言えるのか!」
「――はい。恨みを持っても、彼らは帰ってきません。ならば、これからを前向きに生きることことが、彼らへの手向けとなるでしょう」
彼にも、色々な葛藤があっただろう。竜を恨んだことは、一度や二度ではないはずだ。それでも――この国のためにと、前を向いてくれた。
『――年若い騎士よ、感謝する』
上空から、火竜の声が、城を揺るがすように響いた。
「――火竜……!」
王はその声を聞いて、天を仰いだ。
『私にも事情はあった。襲われれば、返り討ちにする。それは当然のことだ。だが、お前たちの生活を脅かしたことは事実。その点については、謝罪しよう』
火竜は、空中で頭を下げるような仕草をした。そして、腕で首元に触れ、何かをバルコニーに投げた。
「これは……」
一抱えほどのそれは、竜の鱗であった。美しい、赤色。まるで宝石のようだ。
『謝罪の証だ。私はここを去るが、その鱗があれば、一度だけ、お前たちの頼みを聞こう』
ルベライトの言葉に、王は、大きくため息をつき、目を閉じた。そして、火竜を見上げ、深々と頭を下げた。
「――ありがとう。こちらこそ、貴殿の住処に踏み入ったこと、謝罪します。――彼女のように、対話ができれば、もしかしたら違った未来があったのかもしれない」
竜は化け物だと、天災だと、そう断じ、攻め入った。自分たちにも問題があった。そう認め、頭を下げた。
「あなたは、この国の王にふさわしい」
カスタネルラは呟いた。ルベライトはその言葉を聞いて、飛び去っていく。いつの間にか日は沈み、満月に、大きな竜の影が映って消えた。
◇◆◇◆◇◆
――それから。
火竜の影響で活発した火山は、カスタネルラによって凍らされ、二度と噴火することはなかった。彼女は国を救ったのち、驚くほどあっさりと帰って行った。
滅びかけた国は、少しずつ生気を取り戻していった。いなくなった人々も少しずつ戻り、町には徐々に活気が溢れた。一度は恐ろしい災害の元となった火竜も、王が友好の証として鱗を見せると、皆その加護に喜んだ。
氷の城に住む変わった火竜は、何度も国を訪れ、その度に国の危機を救ったという。
――竜に滅ぼされかけた国は、竜と共存する唯一無二の国となった。その奇跡を成し遂げた氷の魔女の名は、未来までずっと語り継がれたと言われている。
――True End
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