第28話:火竜の国、再び
国全体にのしかかる、重苦しい空気。雰囲気だけではない、火竜の気配が、その魔力が国全体を覆っている。
「前は、気づけなかったな」
カスタネルラは、窓から町並みを眺めている。既に王との対面は終わり、明日の火竜との対決に備えて与えられた部屋で休んでいるところだった。灰が降り注ぎ、人気のない、町。ここからの再生はかなりの時間を要すだろう。
「――でも、まだ終わっていない」
本当だったら、こうなる前に手が打てれば良かったのだが、さすがにこの時点より前に遡るのは難しいらしい。ならここからできる最善を、尽くそう。
◇◆◇◆◇◆
翌日。カスタネルラは、単身火竜の住む火山へと向かった。騎士たちが付いてくることを希望したが、危険であり、場合によっては足手まといとなることを伝え、待機してもらっている。――彼らとしても、自ら見届けたい気持ちもあるのだろうが、犠牲者を出したくはなかった。
前回も通った山道を登る。相当の温度ではあったが、カスタネルラは熱をコントロールできるので特に影響はない。火竜が住む、洞窟に足を踏み入れた。
洞窟の奥、火口に繋がる大穴が空く広大な空間に、火竜は眠っていた。――こちらの接近を感知したのか、目を覚まし、起き上がる。前回とは異なり、臨戦態勢だ。
前回は、この段階で恐怖に震えた。相対してはならないもの、天災だと認識した。今回は――。
「初めまして、火竜さん。――あなたの名前を聞いてもいい?」
対話ができるのならば、コミュニケーションを取ろう。ごく自然に、言葉が浮かんだ。
『ほう――、儂に、名を聞くか、人間』
地響きのごとき、声。ひとまず会話はできそうだ。
「私は、カスタネルラ。言葉が通じるなら、対等であるなら、お互いを知ることが大切でしょう」
仮に戦闘になった時、勝てるかはわからない。だが――戦って負けない可能性を考慮できる程度には、強くなったということだ。力も、心も。
『カスタネルラ、か。儂はルベライト。お前はここへ何をしに来た? まぁ……想像はつくが』
「近くに城と町があるでしょう。そこに住む、人間の国の王から、貴方を退治してくれと言われてきた」
ルベライトは、大声で笑う。――竜は思ったよりも表情豊かだ。
『そうか。まだ懲りておらんか、奴らは。それで、お前はどうするつもりだ? 儂を退治するのか? ……どうやら、それができるだけの力は持っていそうだな』
ルベライトの雰囲気が、変わる。挑まれれば、応えると。そういった姿勢が感じられた。
「――最悪は、それもやむを得ないかと思っていた。でも、あなたは私と対話をしてくれた。だから、その手段は、最期に取っておく。まずは、お互いの落としどころを探りましょう。あなたはなぜ、ここで暮らすようになったの?」
きっと、この竜にも事情はある。ならばまずそれを聞いてからでも、遅くはないと思ったのだ。
『ふむ。落としどころ、と言ってもな。儂がここへ来たのは人間の時間でおおよそ三年ほど前だが、来た理由が元々の住居が噴火でなくなってしまったからだ。儂ら火竜は、火山に住居を構える。他にこのあたりにちょうどいい火山があれば移動するのもやぶさかではないが、そんな都合の良いところはないだろう。あっても先住の火竜がいれば争いになるしな』
なるほど。ここを選んだのは別にこの国への嫌がらせや何か強い要望があったわけではなく、住居を失ったからたまたま見つけたこの火山に移り住んだに過ぎない、と。それでボロボロになってしまったこの国も住人も哀れではあるが、この世界における竜はそういう存在なのだろう。天災のようなものだ。
「なるほど。……この近くに別の火山はある?」
「儂が元々住んでいた島にあった火山だ。噴火で島は崩れ、海中に沈んでしまった。とても住める広さはなくなっている」
「そういう状況ね。――それなら、何とかなるかもしれない。ルベライト、もしそこが暮らせる状況になったら、あなたはここを離れてくれる?」
『む……ああ、構わない。正直、人から恨まれるのも、返り討ちにするのも、気分がいいものではないからな』
竜からしてみれば、人間など取るに足らない存在だろう。たとえるなら、人間が住むためにそこにいた野生動物を追い払う、あるいは駆除する。そんな感覚だと想像できた。だが、ルベライトはそれを気分が悪いといった。少なくとも、命を尊重する気持ちはあるということだ。
「――彼ら、王たちがが納得するかはわからないけど、回避できる争いはしたくないから……。まずは、その崩れた島のところまで、私を運んで」
『それは良いが……背中に乗る気か。燃えるぞ』
「私は温度も調整できるし、氷で鞍を造るから、大丈夫。あなたが良ければ、すぐにでも行きましょう」
カスタネルラは、火竜の背中に氷の鞍を造り、飛び乗った。鞍とは言ったものの、実際は椅子のような形だ。氷が竜の背中の突起に絡みついていて、竜が動いても落ちないようになっている。仕上げに風避けの結界を張り、準備は完了した。
ルベライトはなんとなく不本意そうではあったが、何も言わずカスタネルラを乗せて飛び立った。洞窟の上部は巨大な穴が開いており、自由に飛べるようになっている。
「すごい――いい眺め」
カスタネルラは思わず声を上げた。この世界、滅びかけた国と火山しか目にしていなかったが、遠くには人々の営みがあり、川が流れ、海に繋がっている。まだ昼間だが、夕焼けや夜も絶景だろう。
恐ろしい速さで景色が動いていく。陸地を超え、海の上を飛んでしばらく。
『着いたぞ』
ルベライトは中空を旋回した。確かに島の残骸らしきものがあり、その中心には火山が水面から顔を出している。これでは竜が暮らすことは難しいだろう。
「ありがとう。じゃあちょっと、リフォームしましょうか」
『りふぉーむ?』
「うん。――匠の技、見せてあげる」
カスタネルラはそう言って、笑みを浮かべた。
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