第27話:誰も傷つかない未来を

 鋼が叩きつけられる音が響く。カスタネルラは右手に生み出した氷の刃で、剣を持つ少年と打ち合っていた。


「――魔術士かと思ったのに、なかなかやるね」


「それなりに、修羅場は潜ってきてるから」


 夏の国での十年。近接戦闘が必要とされる場面は山ほどあり、そのための訓練も受けた。さすがに達人とまではいかないが、自身の身体強化と合わせて一定以上の近接戦闘能力は身についている。


「でも、その程度では――通じないよ」


 剣士の少年は氷の刃をあっさりと切断した。カスタネルラは後方に跳躍して、距離を取る。彼女の氷は本来簡単には切断できないよう、魔力で覆われているので、魔術を無効化するような術が刃に込められているのだろう。


「うん。さすがに近接戦闘で勝つのは難しそう。本当は得意分野で正面から倒して、リタイアしてもらいたかったんだけど……仕方ない。使から、許して」


 カスタネルラは足を、タン、と鳴らす。――その瞬間無数の氷の刃が地面から飛び出した。同時に、空中からも無数の刃が降り注ぐ。


「くっ!」


 飛びすさって逃げようとする少年。だがその先にも氷の刃が生み出される。まるで氷の剣山だ。奇跡的に、直撃はしていないようだが、無数の刃に囲まれて、少年は身動きが取れなくなった。


「さて、貴方の命は今私が握っている。――リタイアしてほしいんだけど、どう?」


◆◇◆◇◆◇


 それから。カスタネルラは少々強引な手を使いつつも、相手を正面から倒していった。炎を使う相手には、熱を操ることで同じく炎を生み出してねじ伏せ、獣を使う相手には、氷で作った獣をぶつけた。――そうして、全員のリタイアを勝ち取ったうえで、案内役の男の元に、総司と二人、訪れていた。


「――いや、驚きました。まさか全員、無力化して、無血の勝利を達成するとは。貴方には、此度の戦いは簡単すぎましたかね」


「いいえ。私は、何度も何度も失敗して、ようやくたどり着いたの。決して簡単ではなかった」


 カスタネルラの言葉に、案内役の男は不思議そうな顔をしたが、気を取り直して言葉を紡ぐ。


「では、報酬の願望機をお持ちします」


 男が持ってきたのは、拳ほどの宝珠だった。


「如意宝珠。正確にはそのレプリカですが、魔力を代償に願いを叶える力を持ちます

。今はリタイアした者たちからの魔力が溜め込まれていますから――病を治すくらいなら、何とかできるでしょう」


「もし足りなければ、私の魔力を込める。総司くん、直したい相手はどこに?」


「ここから少し行った、病院に」


「了解。これ、借りてもいい?」


「さすがにそういうわけにはいきません。車を出しますので、私も同行しますよ」


 そうして、案内役の男の運転で、三人は病院へと向かった。――病室は、静かだった。一人の少女が、様々な器具をつけられて、眠っている。


「さあ、この宝珠をもって、彼女のもとへ」


 総司は、少女の胸の上に宝珠を乗せ、願う。


「――どうか、桜の病を治してください――」


 瞬間、宝珠は輝き、少女もその光に包まれた。


 そして光が収まったのち――少女が、目を開いていた。


「……桜、さくら……ほ、本当に、治った? あ、ありがとうございます! ああ、先生を呼んでこなくっちゃ!」


 総司が、ばたばたと病室を出ていく。その様子を見送りながら、案内役の男は、宝珠を手に取った。


「――さて、人が来たら面倒ですから、私は退散します。貴女は?」


「うん……彼の想い人も見れたし、私の役目は終わった。戻るよ、元の場所へ」


 少女に向けて会釈をし、二人は病室を出る。


「では、ここでお別れですね。……今回、色々と考えさせられました。できるかはわかりませんが……命を取り合わない、戦いを考えてみようかと」


「私から言えることではないけれど、そうしてくれると、来た甲斐がある」


 男と別れ、カスタネルラは病院の外に出た。右手の花弁はいつの間にか消えている。――代わりに、病院の敷地内に咲く、たくさんの桜が、世界を彩っていた。


「カスタネルラ!」


 病院の入り口から、声を掛けられた。総司が、泣きながらこちらを見ている。


「総司くん」


「――ありがとう! 君のおかげで、桜を助けることができた! 本当に、ありがとう!」


「良かった。どうか、二人、幸せに」


「――あなたも!」


 笑みを浮かべて、カスタネルラは手を振った。空は高く、柔らかな日差しが差している。一人の少女と少年を救えたことに安堵し、この世界を後にした。


――True End


◇◆◇◆◇◆


「――こう、来ましたか。本当に、前とは全然違う」


「うん。苦労はしたけど、うまくいって良かった」


 少女を救うだけではなく、少年にその手を汚させない、ということも大切だったのだ。――たとえ間接的であっても、人の命を奪ったことは、一生の傷になるから。


「次は――いよいよ、例の国ですか」


 カスタネルラが初めて渡り、無残に殺された、火竜の国。


「正直、今の私でアレに勝てるのかはわからない。でも――行かないと」


 火山に住む、竜の姿を思い描く。今なら、渡り合うことはできるだろうか。


「了解。検討を祈ります」

 

  


 


 

 



 

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