第26話:四面楚歌の国、再び

「――貴女には、とあるバトルロイヤルに参加してもらいたい」


 呉羽総司くれはそうじの言葉を聞いて、カスタネルラは笑みを浮かべる。前回は、ほぼ同じ年齢ということで頼りなさを感じたが、今回は十年以上も経験を積んだ後なので、なんとなく姉のような気持ちで見守っていた。


「ええ、構わない。でも、少し説明をしてもらえる?」


 総司は、以前と同様の説明を聞くと、同じような質問を一つ。


「ありがとう。一つだけ、聞かせて。君は――総司くんは、どんな願いを叶えたいの?」


「――――救いたい人がいる。誰の命に代えても」


「その人は、貴方にとって何?」


 前回は、ここで受け入れた。だが、今回は聞いておきたい。――彼の覚悟と、願いの重みを。


「……俺にとって、彼女は……幼馴染であり、家族であり……大好きな、人だ」


 カスタネルラをの目を見て、総司は言った。


「そう――。いいわ。貴方の願い。私が必ず叶えましょう」


 もし、ユキが不治の病に侵されたら、どんな手を使っても助けようとするだろう。今ならその重みと、覚悟がわかるから。


◆◇◆◇◆◇


「貴女は――花を咲かせられるでしょうか?」


 何度聞いても趣味が悪い。カスタネルラは内心げんなりしながら、総司を促しさっさとビルを出た。


 ここに集まった人々、あるいはその雇い主も、総司のように助けたい人がいるのかもしれない。だが、そこまで救うのは彼女の手に余る。目に映る人を救うことに全力を尽くそう。


 総司の家へと戻る途中、大きな橋に差し掛かったあたりで、カスタネルラは口を開く。


「おそらく、橋で狙撃を受けるわ。一応守り切るつもりだけど、万が一があると困るから、私から少し遅れて橋を渡って」


 総司は驚いた表情をしていたが、無言でうなずき、靴の紐を結ぶふりをした。意外と機転が利く。


 カスタネルラは気にせず、橋を進む。夏の田舎とも、運河の町とも違う、人の営みの灯りに心を奪われた。


 ちょうど、中間地点。戦場の終端に差し掛かるところで――カスタネルラは振り向いた。予想通り、銃弾――いや、魔弾が迫る。


 カスタネルラの予想では、おそらくこれは、必中の魔弾。結界など関係なく、標的に命中するタイプの厄介な弾丸だ。強力な術がかけられているのだろう。


 命中までは文字通り瞬く間。その一瞬を引き延ばす。十年間の戦いの日々で、身に着けた技術だ。とはいえ、既に術式は撒いてある。今は、を考えろ。


 魔弾は狙いたがわず、カスタネルラの頭部に直撃した。本来なら脳を吹き飛ばす一撃。それを――氷の冠が、止めている。


「――絶対に当たるのなら、当たった後、止めればいい」


 無論、人間の反応速度では絶対に無理である。カスタネルラは、頭部に何かが触れたその瞬間にソレを一瞬で凍り付かせる、という術式を組んでいたのだ。人の手を介さない自動起動術式は、判断の時間を挟まず、最速で発動する。これも戦いの日々で身に着けたものだ。


 カスタネルラは弾丸の直撃と同時、右手を真っすぐに、狙撃手の方角へ向けた。そして。


「――狙撃術式、発動」


 右手を氷の狙撃銃と化し――超高速の弾丸を撃ちだした。


◆◇◆◇◆◇


 部屋に入ってきたとき、その白い少女に対しては、そこまで威圧感を感じなかった。ただその所作や気配から、この中で最も危険なのではないかと思うようになった。だから、最初のターゲットとした。しかし、その後の行動は、特に警戒心のない様子で、正直、拍子抜けだった。


 魔弾を使うまでもないかと思ったが、念には念を入れた。必中の魔弾。自身の骨肉を溶かした、呪いの弾丸。その直撃を見届けて――目を疑った。


 魔弾を、止める? そんなことできるはずがない。受ける箇所を調節して、致命傷を避けたものはいた。当たってすぐ再生した化け物もいた。だが。そんな奴はいなかった。


 驚愕して一瞬、挙動が止まる。その間に少女は右腕をこちらに向けて掲げていた。――アレは、まずい。


 咄嗟に立ち上がる、が、間に合わなかった。飛来した氷の弾丸が、右腕に当たると同時――そこを起点として、全身が氷に包まれた。


「拘束術式……!」


 少女が、こちらを見て微笑んでいるのがわかった。そして同時に――アレが、少女の姿をした化け物であると、理解できた。――やはり、彼の直感は当たっていたのである。


◆◇◆◇◆◇


 カスタネルラは、ビルまで一直線につながる氷の階段を造り、ゆっくりと上っていった。後ろから総司もついてきている。最初は良かったが、地上から数十メートルを超えたところで彼女は見栄えを重視して階段を造ったことを後悔した。幅はしっかり作っているし、氷だからと言って滑らないようにはなっているが、怖いものは怖い。あと長い。


 内心冷や汗をかきながら、狙撃手のいる、ビルの屋上まで到達した。総司は途中から恐怖により、這いつくばっての移動となったので、まだ到着までは時間がかかりそうだ。


「お待たせ。なかなか刺激的なご挨拶だった」


「……まさか、止められるとは思ってなかったよ、正直」


「それが、私とあなたの実力差。じゃあ、それを理解してもらった上で提案。リタイアする気はある? この氷は、私が許可しない限り溶けないから、貴方に残された選択肢は、リタイアか、死、だけど」


「……俺の負けだ、リタイアする。狙撃という得意分野で負けたんだからな、なんの言い訳もしようがない」


 カスタネルラの思惑通り、一人目のリタイアを導くことができた。説明役の男に電話を掛け、リタイアの旨を本人の口から伝えてもらう。


「さて、じゃあ次に行きましょうか。――これから全員、同じように無力化しないといけないから」


 ようやくビルの屋上に辿り着いた総司に、二つに増えた花弁を見せて、カスタネルラは宣言した。

 


 


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