第25話:戦争の国、再び

「なんだ貴様は……そこでいったい何をしている?」


 先頭の船に乗っていた見張りの男から声を掛けられた。カスタネルラの今の様子は、海上で白旗を掲げながら茶を飲んでいる怪しい銀髪の女である。いきなり大砲を撃ち込まれる覚悟はしていたが、声を掛けてくれるなら、会話の余地はありそうだ。


「貴方たちを待っていた。私は、貴方たちが滅ぼそうとしているあの町に頼まれたの。この戦争を止めて、あの町を助けることはできない? 細かい条件は、代表者を連れてくるからその人と話してほしい」


「――ふざけるな! これだけの船団、何もせずに帰れと? そんな理屈が通用するか!」


「私は詳しい事情を知らないけれど……あの町を拠点として使いたいのでしょう。なら適切な交渉の上で、双方利のある形で着地させられないか、考えてみてほしい。武力で奪い取れば、禍根も残る。それに――人も死ぬ」


「あの程度の小国、こちらの被害など出ずに滅ぼせるわ!」


「――そうかもね。……あまり使いたくはないけれど。もし戦争となったら、私はあの町を守る。それがどういうことか……わかってもらってからのほうが、話はスムーズ?」


 突然、海上から白い煙が上がり始めた。風が吹き、船団に凍えるような寒気が襲う。


「自己紹介がまだだった。私はカスタネルラ。氷を操る魔女」


 カスタネルラは笑みを浮かべて、一礼する。甲板にいた船員たちは、恐怖を感じたのか、皆、弓を構え、武器を抜いた。


「魔女……だと。そんなものに頼る連中を、誰が信じられるか!」


「魔女を有しているにも関わらず、交渉をしようとしているという点を、考慮してほしい。私は、その気になればこの海域全てを凍らせることもできる。でもそれでは意味はない。殺し合いは本意じゃない。私は――この町とそこに住む人々に健やかであってほしい。それだけ」


「……この海域を凍らせるなどと、そんなはったり――」


 言葉が紡ぎ終わるよりも先に、周囲の海が船団を巻き込み、すべて凍り付いた。カスタネルラは表情一つ変えていない。――この程度は、容易いことなのだと、思い知らせるためだ。


「……お望みとあれば、看板の貴方たちの脚まで、凍らせましょうか。――ああ、武器は出さないで頂戴。防ぐのも面倒だから」


 カスタネルラの言葉を無視して、剣を振るおうとした船員は、鞘が凍り付き、剣が抜けないことに気づいた。矢も大砲も同じだ。すべて凍っている。命を握られている恐怖に、船員たちは足がすくんでいた。


「――わかった。交渉役を出そう。意に沿う形にできるかはわからんが」


「こちらの要望はただ一つ、あの町を、人々を傷つけないでくれ、それだけよ。それが守られるならある程度の条件は呑むと思うわ」


「……我々だって、人を殺したいわけじゃない。――機会を作ってくれて、感謝する」


 おそらく、彼らも上からの命令なのだ。ならば――魔女に脅されたという大義名分を与えてやるのが手早いだろう。


「こちらの交渉役も呼び出すわ。三十分後にこの舞台の上で」


◆◇◆◇◆◇


 それから。カスタネルラが背後で見ていたせいもあるだろうが、会談は穏やかに進行した。運河の町は、中継基地としての役割と持たされることとなったが、町そのものにも暮らす人にも、被害は全くでない形での決着となる。


 カスタネルラは最後に、一言船団の代表に告げた。


「もし、この約定を破るようなら、貴方の国に魔女が現れると、偉い人に伝えておきなさい」

 

 冷や汗をかきながら、代表は何度も頷いた。


 こうして、運河の町は守られた。カスタネルラは町で英雄となり、宴が催された。


「助かった。礼を言う」


 髭面の男は深々と頭を下げ、握手を求めた。


 滅びゆくはずだった町は、夕日を受けて輝いている。前回、カスタネルラは殺され、町は氷へと閉ざされた。これが正しい結末かはわからないが、少なくとも人々は笑っている。――だから、これで良かったんだと、思えた。


 夕日が輝く中、氷の魔女は中空に溶けて消えた。町の人々は、像を作り、美しい魔女を平和の象徴としていつまでも語り継いだという。


 ――True End


◆◇◆◇◆◇


「おかえりなさい。……なんというか、変わりましたね」


 メリルが、驚きを込めた口調で告げた。


「ええ。――色々、経験したからね」


 夏の国における、化け物と戦った十年間。様々な人と、国と、色々な話をした。その経験が活きたのだろう。


「でも、戦闘能力は測れていませんね。――また、別の国へ行きますか?」


「そうね。少し休んだら……あの時、殺し合いが行われた世界へ。あそこは交渉の余地はないから、戦闘は避けられない。今の力を試すには、いい機会」


「――承りました」



 


 

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