第五章 狭間の国
第24話:帰還
「おや。お久しぶりですね。おかえりなさい」
一瞬、理解が追い付かなかった。が、すぐにここが世界の狭間で、挨拶をくれた彼女がメリルであることを思い出す。十年不在にしていたにしては気安い反応だな、とは思ったが。
「私、どれくらいいなかった?」
「さあ? ここの体感は普通じゃないですしね。まぁでも、随分長いこといなかったな、とは思っていました。何があったんです?」
「え? 貴女、見てたんじゃないの?」
「私が送り込んだわけじゃないんで、見えないんですよね。今回は、貴女が呼ばれたんですよ。……世界とのつながりもない、力のない貴女を呼ぶ理由がよくわからなかったんですが、どうでした? 何か得るものはありましたか?」
「うん……あった。かけがえのないものを、もらったよ」
「………へぇ、そうですか」
怪訝そうな顔でこちらを見るメリル。彼女の表情も随分と豊かになったように思う。
「……あれ? カスタネルラさん。貴女、世界と契約を結んでますね? ここで結んだものとは別に。――なるほど。世界でも救ってきましたか?」
「そういうのわかるんだ。本当に救えたかはわからないけど、最善は尽くしたよ」
――その分、叶えられなかった願いもあるけれど。
「では、本当の意味で、『魔法使い』となったのですね。ここにいたころは、あくまで借り物の力でしたが、自らの選択で、世界と繋がったのであれば、そういうことなのでしょう。――では、これから、どうされますか? 新しい国を旅しますか?」
カスタネルラは少し考える。今の自分なら、もしかしたら魔王に届きうるかもしれない。ただ、確証は持てない。ならば――今までの失敗を、やり直すことで、その力を確かめるのも良いのではないか。
「いえ、メリル。まずは『戦争の国』――あの運河の町へ、また私を連れて行って。あの時の失敗を、今ならやり直せる気がする」
「――承りました」
◆◇◆◇◆◇
潮の香りがした。ただ、あの夏に感じた香りとはまた違う。湿度が低いからだろうか、微かに香る程度だった。
「き……奇跡だ……祈りが、神に通じたのだ」
ステンドグラスの飾られた教会風の建物で、見覚えのある若い青年と遭遇した。
「――残念だけど、私は神の使いじゃない。私は、魔女。貴方を――貴方たちを救いに来た」
カスタネルラは宣言する。――前回は、最初から自分の立場を明らかにしていなかった。まずは伝えることから始めよう。
◆◇◆◇◆◇
「魔女が何の用だ!」
カスタネルラが自己紹介をすると、偉そうな髭面の男が叫ぶ。内心うんざりしながらも、笑みを浮かべて部屋の中を見渡す。
「私は、彼の求めに応じて貴方たちを助けに来たの。戦争中で、明日この町が襲われるというのは既に知っている。――私は、戦を止めて、会談の席を用意する。この町を守るため、どう交渉したら良いか、考えて」
「……なんだと! 救うというなら、戦争自体を止めるところまでやれ! 交渉を我々任せとは、中途半場な」
「私には、この状況も情勢も詳細はわからない。戦争を止めることは簡単よ。海を凍らせて、船を動かなくすればいい。でも、それでは解決しないでしょう。私がいなくなったらまた同じことが起こる。相手を皆殺しにすればいい? それでも同じ。復讐に燃えた船団が来るだけ。――だから、根本的な解決を図らなくてはならない。この町を、人々を守るために、貴方たちは何ができるのか、考えて。その交渉のための場は、私が必ず用意をするから」
髭面の男は沈黙した。カスタネルラをじっと見る。
「……本当に、交渉の場は作れるのか?」
「多少武力で圧を掛けることにはなるけれどね。死者は出さないようにするから、妥協の余地はあるはず。でも、相手が有利なことは変わりないのだから、それを加味したうえで、落としどころを探らないとならない。できる?」
「――ふん! 誰に言っている! 私が守りたいのはこの町だ。それを引き出すくらい、やってみせるさ」
彼の想いも受け取った。――では、これから交渉の準備をするとしよう。
◆◇◆◇◆◇
翌朝。カスタネルラは海に氷の橋を架け、沖へと歩いて行った。海は穏やかで、戦争がこれから起こるなんて想像もできない。一度振り返り、朝日に照らされる運河の町を見た。
「――綺麗」
少し前までいた、田舎町の海とは違う、人の手による美しさ。守らなければと改めて思う。
氷の橋は溶けることなく、朝日を受けて輝いていた。このまま交渉のポイントまで向かう。大砲の射程がどの程度かわからないが、陸地から一キロ程度は距離を取った。
交渉ポイントに氷で丸い舞台を作成した。広さは三十メートルほど。中央に氷のテーブルと椅子を設置する。船から見えるよう、高さは大型船の甲板と同程度とした。まだ敵艦が来るまで時間があるので、用意してもらったお菓子とお茶を楽しむ。ちなみにカスタネルラは、氷を作成する能力を応用して、水をお湯にすることもできるようになっていた。そのため、茶葉とポットさえあればどこでも熱いお茶が飲める。
「――来た」
水平線を埋め尽くすような船団。その先頭の船に向け、氷で作った白旗と、対話を望む旨のメッセージを掲げる。――まずは、会話ができるかどうか。
さあ、やり直しを始めよう。
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