第22話:夏灯篭

「なるほど……事情は分かりました。貴女は、異世界から来たのですね」


 事情を聞くためにカスタネルラが呼ばれたのは、公民館の中の一室だった。聞き取りのために借りているのだろう。聞き取りの相手は『ブレイバー』の、このあたりを管轄する支部長らしい。年齢は二十代の半ばくらいだろうか。意外なことに、女性だった。


「はい。元々は、ユキという少女に呼ばれて、ここへ来ました。彼女を――助けるために」


 家族もなく、お金もない、年若い少女。助けがなければまともに生きていくことすら難しかったであろう。


「それを知ったうえで……カスタネルラさん。貴女にお願いしたいことがあります」


 聞くまでもなくわかってはいたが、カスタネルラは先を促す。


「貴女に、『ブレイバー』に参加していただきたい。この世界から化け物――『アパリシオン』を消し去るために」


 支部長は、カスタネルラの目を見てはっきりと告げた。


◆◇◆◇◆◇


「あ、ネルちゃん。お話は終わった?」


「うん、とりあえず。ユキちゃんは体大丈夫?」


「ちょっと擦りむいたくらいだよ、大丈夫。今日はこれから灯篭流しだからさ。準備もあるし、一緒に行こう。かき氷屋は今日はお休みでさ」


 実際、昨日の事件で、死者こそ出ていないが怪我人はそれなりに発生していて、他に休業のお店もいくつかある。灯篭流しについても中止の話も上がったらしいのだが、そもそもこういった事件の被害者のために灯篭を流しているということもあるので、今回はそのまま実施することになったらしい。


 カスタネルラは、川近くに設置されたテーブルとテントに案内された。そこにはすでにたくさんの灯篭が並んでいる。


「ここで灯篭の仕上げをしたり、間に合ってない人は作ったりしてるんだよ。私も一つは作れたんだけど、もう一個はまだ途中だからさ、ネルちゃん手伝って」


「うん……これ、絵を描くんだね」


「そうそう。で、お願いなんだけどさ、お父さんとお母さんに一枚ずつ、描いてくれないかなネルちゃん」


「え、私?」


「そうそう。この人に助けてもらったんだよ、って伝えときたいからさ、お願い」


「――うん、わかった。絵というか、こう――」


 カスタネルラは、紙に向けて、氷で模様を描いた。サインというわけではないが、氷の結晶をイメージした、繊細で美しい模様を刻む。


「ええーすごい、綺麗。これって消えないの?」


「うん。溶けない氷が刻めるんだ」


「そっか。ありがとう。この灯篭って、あとで海まで流れたら網で回収するんだけどさ、もし見つけられたら、これ持って帰って飾りたいな。――思い出にさ」


 ユキは、少し寂しそうに笑った。


◆◇◆◇◆◇


 夕方が過ぎ、日が落ちる。川べりには灯篭を持った人々で溢れた。昨日の祭りとは異なり、人々は神妙に、声を上げることなくあかりを送る。


 カスタネルラは、ユキの傍らで、灯篭を一つ持っている。――彼女の父を送るためのあかりを。


 川面に、無数の光が灯る。少しずつ、流れて、遠のいていく。カスタネルラの想像をはるかに超える数。これだけの人が、ここで亡くなったということなのだろう。


 ユキは、母の灯篭を流し、続いて、カスタネルラの手にある、もう一つを川に浮かべた。


 月明かりの下、虫の音が響く。川面を滑る灯火ともしびは、ゆらゆらと揺らぎながら、海へと向かう。


 カスタネルラがユキの方を見ると、彼女は静かに泣いていた。思わず、手を握る。


 ユキは、二つの灯篭を見送ると、川べりから上がり、走り出した。カスタネルラはそれを追いかける。


◆◇◆◇◆◇


 どのくらい走っただろうか。暗い道だが、川に沿った道を進んでいたので、ずっとあかりが夜を照らしていた。


 そうして、辿り着いたのは砂浜だった。川との境目から、灯篭がたくさん流れてくる。海に広く網が張ってあり、灯篭は明日、回収するらしい。


 広い海に、灯火が無数に在る様は、恐ろしく、美しかった。しかしこの灯篭たちは、海に出ることは叶わないのだ。網によって、止められてしまう。


 まるで、ここに住む人々を暗示しているようだ。外に出ることが許されず、限られた中で、生きている。


 ――ああ、やっぱりこれじゃ、ダメだ。


 カスタネルラは、堰き止められていく灯篭を見ながら、心を決める。ごう、という波の音が耳を打つ。


「――ネルちゃん」


「……何?」


「行っちゃうんだね」


「……うん。……ごめんね」


「いいよ。だって、わたしのために、行くんでしょう?」


 ここで、寄り添って暮らすのではなく。


 本当の意味で、ユキを救うために。


「……うん」


「だったら、笑顔で見送らないと。だってそれが、みんなの、世界のためになる」


 一人の少女のための救世主ではなく、世界を救うための勇者ブレイバーとなる。それが――カスタネルラの選択だ。でも、それは。


「でも、ユキちゃんの願いは、叶わない」


 一緒にいてくれる人がほしい、と願った、少女の想いは、救われない。


「うん……そうだね。だから、一度だけ。わがままを言わせて」


 言葉の後、ユキは、声を上げて、泣いていた。


「ネルちゃん、いやだよぉ。わたしとずっと、いっしょにいてよ、一人はさみしいよ」


 ぽたぽたと、涙がこぼれる。


「一緒にご飯食べて、お仕事して、色んなお話をして、毎日過ごしてよ。一緒に泳いで遊ぼう。紅葉を見に行こう、雪遊びをしよう、桜を見よう。ずっと、わたしを見ててよぉ……ネルちゃん」


 ――きっと、母が死んでから初めての、涙なのだろう。


「ごめんね……ごめんね……ユキちゃん」


 カスタネルラは、ユキを強く抱きしめた。このまま彼女と一緒にいることはできないだろうか。心が強く、訴える。でも。


 ――この身に刻まれた、世界と繋がる刺青が、それを許さない。世界を救えと、訴える。


 ユキを抱きしめて、涙を流しながら、海を見る。ぼやける視界の中、無数のあかりが二人を照らしていた。


 



 

 



 

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