第20話:お祭り
「お祭り?」
「ああ。来週末にあるんだが、そこでかき氷の屋台やってくれないか」
開店から一週間ほど。さすがにお客さんも落ち着いたが、引き続き好評でリピーターも多く、金銭面でもある程度潤ってきた。この分ならお店の家賃や初期投資は何とかなりそうだな……という矢先の話である。ちなみに、学校は夏休みに入ったということで、カスタネルラとユキは毎日二人でお店を開けていた。
「あー、神社でやるやつ。出店毎年いっぱいあるよね」
「そうだ。かき氷は毎年菓子屋に頼んでるんだが、今年はお前たちのほうが良いだろうと思ってな」
「やるやるー。ネルちゃんもいいよね」
「ええ、構わないですが……屋台そのものは借りれるんですか?」
「ああ。かき氷用の屋台があるから、それを使えばいい。かき氷機とか必要なものの運搬は手伝うからよ。頼んだ」
村長は、祭りの準備が忙しいのか、さっさと行ってしまった。商店街の色々な店を訪ねているようだ。
「ユキちゃん。お祭りってどんな感じ? 私ここのお祭りって知らないからさ」
「あー、そうか。うんとね、お昼から夜にかけてやってるんだけど、色々な食べ物とかゲームの屋台がたくさんでて、お神輿っていう、神様の乗り物をみんなで担いで村の中を回る行事があったりするんだ。あと、夜は出店とか、境内がライトアップされて綺麗だよ。花火もちょっとあがるかも」
「なるほど。私の住んでたところでも似たようなことはあったから、なんとなくわかった。そこでかき氷を売ればいいのね。売り上げも出そうだし、いいね」
「うん。絶対やったほうがいいと思う。あとね。お祭りの次の日に、灯篭っていう、明かりを入れた籠みたいなものを川から流す儀式があるんだ」
「そうなんだ。それって、なんのために?」
「――死んだ人をね、弔うためにやるんだって」
ユキは少し寂しげな顔をした。
彼女には、弔うべき人が、二人もいるんだ。そう思うと、お祭りというのはただ騒ぐためのものではなく、神事なんだなと、改めて実感させられる。
◆◇◆◇◆◇
お祭りの当日。カスタネルラとユキは朝から準備をしていた。菓子屋はもちろん、商店街のほとんどの店が何かしらの屋台を出していた。
「すごいね……こんなにお店がいっぱい」
「そう、すっごく楽しいんだよ。花火もやるかなぁ」
ユキは楽しそうにしていたが、同時に少しかわいそうになった。同世代の子はみんな遊びに来るのに、彼女は働かなくてはならないのだ。
「ねえユキちゃん。落ち着いたら少しお祭り見てきてもいいからね。その間は私がお店やるから」
カスタネルラの言葉に、ユキは少し目を見開いて――首を振った。
「ううん。いいの。わたしはお祭りの雰囲気が好きだから、むしろお店をやる側を経験できるのがすごくうれしいし、それに――ネルちゃんと一緒にいるのが一番大事だからさ」
ニコリ、と笑ってユキは言った。その言葉と、表情に胸を撃たれる。
「うん、わかった。じゃあ一緒に頑張ろう。――楽しい一日にしようね」
カスタネルラはユキに微笑む。せめて今日は彼女がずっと笑っていられますようにと。――明日、灯篭流しでは、きっと、辛いことを思い出してしまうのだろうから。
◆◇◆◇◆◇
昼頃からお祭りは開始され、この村にこんなに人がいたのか、と思うくらいの人出だった。カスタネルラもユキも忙しくて、お昼を取る間もほとんどないくらいだったが、人々の笑顔に貢献できるのは楽しかった。
「みんないつもとは違う服装なのね」
「ああ、そう、アレ浴衣って言うんだ。お祭りの時とかに着るんだよね。私も持ってるんだけど、着付けが一人だとできないし、動きづらいから今年はやめたんだ」
カスタネルラはユキの浴衣姿を想像する――きっとすごくかわいい。
「来年さ。着て見せてよ」
自然と、そんな言葉が出た。ユキは少し驚いて。
「うん。――ネルちゃんも、一緒に着ようね」
そんな、願いを口にした。
◆◇◆◇◆◇
お祭りもいよいよ終盤。お神輿もとっくに終わり、出店も売り切れが増えてきた。カスタネルラたちのかき氷屋もシロップ切れで閉店。二人は出店を回り、残り物を食べながら、空を見上げていた。もうすぐ花火が上がるらしい。
「楽しみだねぇ」
「うん、花火って初めて見る」
――ドン、と大きな音が響いた。空に大きな花が浮かぶ。カスタネルラは初めての花火に驚き、傍らにいたユキの手を握った。
「――すごい。こんなに、音が響くんだ」
「近くの川で上げてるはずだよ。すごいよねぇ」
夜闇を彩る花火、十発くらいだろうか。すぐに終わってしまったが、心には残った。余韻に浸りながら、神社の境内を眺めていると――突然、悲鳴が響き渡った。
「――何!?」
カスタネルラは悲鳴の方向を見る。それは、神社の裏手、山に続く道の辺り。――巨大な何かが、いる。
「――化け物が出たぞ!!!」
人々が一斉に逃げ出した。巨大な、異形。以前に見た、火竜を彷彿とさせる大きさと、節足動物と機械を混ぜたようなフォルム。――これが、人々を脅かしている、化け物。
「ネルちゃん! 逃げよう!」
ユキの声。それを聞きながら、カスタネルラは、化け物を見つめていた。以前の彼女なら、対抗する手段はあった。だが今、彼女はせいぜい一抱えの氷を出すくらいしかできない。だけど――逃げても、いいのか。
一人の子供が転倒する。化け物が迫る。カスタネルラは、走り出していた。何ができるわけでもなくても、ただ待ってはいられない。
『――私はきっと、この日のためにここに来たんだ』
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