第17話:かき氷

「かき氷屋さんってどうかな!」


「……? いきなりだね」


「ネルちゃんのお仕事。やっぱさ、お店屋さんってもう大体あるんだけど、かき氷ってお祭りの時くらいしか出ないからさ」


「まぁ夏限定だしね。確かに氷出せるから無理ではないけど……需要あるのかな」


 そんなことを話しながら朝食を済ませる。今日は昨日の残りのお味噌汁とごはんと魚だった。食事を終え、身支度を済ませて家を出る。


「あ、そうだこれ」


 ユキが包みを渡してくれた。


「なに? これ」


「おにぎり。お昼に食べて。あ、でも外にいたら悪くなっちゃうかなぁ」


「ありがとう。大丈夫こうして」


 カスタネルラはおにぎりの包みを凍り付かせた。


「おお」


「凍らせておくから。たぶんお昼には溶けてる」


 カバンにおにぎりを入れて、二人は出発した。目指すは村長の家だ。


◆◇◆◇


「おう。今日も釣りか」


「はい。ちょっとしばらくはお願いしたいです。私とユキちゃんの分、最小限にするつもりなので」


 ユキは村長に挨拶だけするとさっさと学校へ行ってしまった。


「ああ、それなら構わん。さすがに魚屋に売ったり商売を始めようとするなら止めるところだったが」


 やはり売る、となるとそれなりにハードルはありそうだ。


「魚じゃないんですが、ちょっと商売について相談をしたくて……」


「ん? 何か売る物のアテでもあるのか?」


「私、異世界から来たって言ったじゃないですか。だから、こうやって――氷が出せるんです。だもんで、かき氷とかいいんじゃないかってユキちゃんが」


 カスタネルラは、手のひらに氷を生み出しながら言った。


「おお! すげぇ。異世界人ってのは半信半疑だったが、さすがに信じるぞ。――で、かき氷屋か。……そうだな、昔は菓子屋で売ってたんだが、氷を卸してた爺さんが数年前に亡くなってな。以来、祭りの時に出すくらいになってる。しかもちゃんとした氷じゃないから大してうまくないし、そんなにやる気があるわけでもない。……ちゃんとしたクオリティのものを出せるならアリかもな。菓子屋に後で紹介してやるよ」


「ほ、本当ですか! ありがとうございます」


「ユキのためだからな。金が稼げればあいつの将来も色々変わってくる。あいつの親父には村を助けてもらった恩がある、やれることはやるさ」


「村を助けてもらった、っていうのは……?」


「ああ、あいつの父親が亡くなったのは、化け物が攻めてきたときに、村を守ったからなんだ。警備兵をやっていたからな」


 そういえば、ユキがそんな立場の人がいると言っていた。アレは彼女の父親のことだったのか。


「とりあえず釣りに行ってこい。菓子屋と連絡とっておくからよ」


「助かります! じゃあ行ってきます!」


◆◇◆◇


 あれから、昨日と同様、カスタネルラは夕食用とお裾分け用で三匹の魚を釣り上げ、少し早めの昼食としておにぎりを川べりで食べた後、村長の家に戻ってきた。


「おう。菓子屋と連絡とれたぞ。かき氷、氷の入手ができるなら祭りのとき含めてやってくれたほうが助かるらしい。向こうとしては綿あめりんご飴とかに集中したいんだとさ。かき氷機も貸してくれるそうだ。ユキが戻ってから行くか?」


「……いえ、これは私がやらなきゃならないことなので、私が行きます。場所、教えてもらえますか?」


 その答えを聞いて村長はにやりと笑う。


「おう。いいぞ。ただ――お前ら、店はどこでやるつもりなんだ?」


「あ。全然考えてませんでした……ユキちゃんの家、じゃさすがに迷惑ですよね」


「そもそもあそこは人があんまり通らないしなぁ……。だったら、商店街に小さい空き店舗があるから、そこ使うか。元々コーヒーかなんかを売ってたはずだが、店主が体を壊して締めちまったんだ」


「そんな……何から何まで」


「まぁ、空いてるよりはこっちとしても助かるしな。当然家賃はあるが、売り上げ出てからでいいぞ」


「ありがとうございます! まずは、かき氷機借りたら掃除ですね」


 よく考えると、お店の掃除も、かき氷づくりも、もちろん商売も、カスタネルラには全部未知のことだった。ただ――なぜだろう、とてもワクワクする。魔術の力ではない。自分の力で何かを成すということが、これだけ楽しみだとは思わなかった。


「早く、ユキちゃんにも教えたいなぁ」


 そんなことを考えながら、村長に案内されて菓子屋に向かう。商店街の一角なので、空き店舗からも割と近い。


「初めまして、この度、この村に住むことになった、カスタネルラと言います! かき氷屋をやらせていただきたく思っていますので、どうかよろしくお願いします!」


 と、力いっぱい宣誓したら、菓子屋のおじいさんにたいそう驚かれた。老夫婦でやられているお店で、お二人ともとてもいい人だった。かき氷は結構重労働らしく、お祭りですら毎年手伝いが必要な状況だったので、やってくれると大変助かる、とのことだった。快諾して、かき氷機を運ぶ――が、さすがに重かったので村長にヘルプを要請した。店舗候補と近くて良かった。


「掃除道具はうちにあるから貸してやる。あと、ユキにも伝えなきゃならんだろ」


 ということで、一度村長の家に戻ることになった。ユキの反応を楽しみに、商店街を歩く。色々な年齢層の人たちが、様々なお店で買い物をしている。ここに自分のお店が並ぶ。そんな日が来るなんて、まったく思ってもみなかった。ここへ来てから、新しい体験ばかりだ。――いつまでも、ここにいたいと、そう思ってしまう。叶うはずもないのだけれど。





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