第16話:仕事
「おわったよーネルちゃん。お仕事いこうぜぃ」
食後のお茶を飲みながらカスタネルラが寛いでいると、学校から帰ってきたユキが村長の家に上がってきた。
「お疲れ様! 魚釣れたよ。持っていこう。あ、村長さん、ありがとうございました」
「おう。気をつけてな。また何かあったら来い」
村長の家を出て、一度荷物を置きに、家へ向かう。村長の奥さんからお土産にと貰った果物もあり、大荷物だったのだ。
「お魚もあるし、スイカもあるし、あとで野菜も取れる。豪勢だね!」
ユキはニコニコと笑っている。そのあたりに咲いている、大きな黄色い花――ヒマワリというらしい――を彷彿とさせるような、笑顔だ。
「そうだネルちゃん。今日から二人分だからさ、お隣にご飯とかもらうんじゃなくて、うちでお米炊いてお味噌汁作ろうかと思うんだけど、手伝ってくれる?」
今までは一人分、しかも子供の分、だったので手間と量を考えるともらったほうが楽だったが、二人分となるとさすがにお隣の負担にもなるとのことだった。
「うん。私料理全然わからないけど、頑張る」
「大丈夫、教えるから。じゃあ帰りにお米とお味噌買っていこう。お金も持ってかないと」
会話をしていると、家に到着した。お隣に魚をおすそ分けして、今までの感謝とこれから食事は自分たちで用意する旨を伝えた。もちろんカスタネルラは丁寧にあいさつをする。さすがに最初は胡散臭い目で見られていたが、村長にきちんと許可を取ってここに住むことになった、と伝えたら納得してもらえたようだ。村長はきちんと信頼されているらしい。
スイカと魚を冷蔵庫に入れ、お金をもって仕事に出発する。昼過ぎの日差しに照らされて、セミが大声で鳴いていた。青い空と白い雲。遠くに見える山も含めて、美しいコントラストだ。
「夏だねぇ。わたしももう少ししたら夏休みだから、そうしたら一緒に釣りとかできるよ」
「学校お休みなんだ。うん、そしたら一緒に釣りしよう。……私の、釣りっていうかなんか特殊な漁だけど」
餌でおびき寄せ、周辺の水もろとも凍らせる。食虫植物みたいな漁法だ。いずれ正しい釣りの仕方を教わらねばならない。主にユキの教育のために。
そんな話をしていると、畑に到着したらしい。所有者のおばちゃんからはやはり怪しまれたものの、村長の許可を伝えたら、態度が一気に軟化した。村長凄い。
トマト、ナス、キュウリ、という夏野菜の収穫を手伝った。汗と土にまみれての作業だったし、腰も痛くなったけど、お試しで食べさせてもらった野菜はとても美味しく、みんなで笑い合う時間がとても幸せに思えた。
◆◇◆◇
「今日は、トマトとキュウリのサラダに、ナスのお味噌汁にしよう!」
ユキはもらった夏野菜の入った袋を振り回しながら歩ている。いくつかの商店を巡り、挨拶をしながらお米と味噌と色々必要なものを買った。お金があまりないので衣類はとりあえず下着だけだが。
「釣りだけだとお金にはならないよねぇ。村長にまた相談かな」
「明日も釣り竿借りるつもりだから、その時に聞いてみる」
すっかり夕方で、あたりは夕焼けに染まり、美しい蝉の声が響いていた。ヒグラシというらしい。
「あ、そうだ。ちょっと神社に寄らせて」
神社は昨日と同じく静かだったが、よく見ると様々な道具や資材が運び込まれている。
「もうすぐ、夏祭りなんだ。楽しみ」
ユキは昨日カスタネルラが出てきた社の前に行き、手を合わせる。
「今日は奮発して、お賽銭も入れるよ」
ちゃりん、と穴の開いた硬貨を箱に投げ込み、手を合わせた。カスタネルラも真似をする。
「――ネルちゃんを連れてきてくれて、ありがとうございます」
その言葉に、カスタネルラは胸を撃たれた。母を失って、ユキはずっと寂しかったのだろう。当たり前だ。十歳の子供なんだから。――カスタネルラ自身は、母親と会ったことすらなく訓練を受けていたが、それが異常だということは理解している。
「よし、帰ってご飯の支度しよう! お魚楽しみだなー。あ、ネルちゃん。手をつないで帰ろう」
「うん、いいよ」
ユキの手は、小さくて、細くて、温かかった。子供の手の感触なんて、初めて知った。――守らなくてはいけないと、強く思う。
「お魚美味しい! やったね!」
「サラダも、お味噌汁も美味しいよ」
「こんなにいっぱい食べれて幸せだなぁ。明日も頑張ろうね!」
ニコニコと笑って、いろいろなことを話した。カスタネルラがどんな日々を送ってきたのか、学校でユキはどんなことを学んでいるのか。いくらでも話すことはあったけど、早く寝ないと、明日も早い。
それから、一緒にお風呂を沸かして入り、洗濯をして、眠りについた。こんなにくたくたで、気持ちのいい就寝なんて初めてだ。
寝る前に、少し魔術の準備をする。もし何かが起きたときのため、自分を、そして彼女を守るための、奥の手だ。毎晩少しずつ、仕込んでおかなくては。
――外からは、虫の音が聞こえる。頬を撫でる夜風に身を任せながら、カスタネルラの意識は落ちていった。
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