第15話:釣り

「この辺が良さそうかな」


 カスタネルラは村長から借りた釣り具をもって、川べりに来ていた。水際ということもあり、体感的には随分涼しい。ゴロゴロと転がっている大きな石を踏みながら、水辺に向かう。


「とりあえず餌を取らないと……」


 水の中の石をひっくり返し、なんだかわからない虫を捕まえる。このあたりは魔術士の訓練の中で教わった。任務中にサバイバルが必要になった際に備えてのことだ。


「うぅ……気持ち悪い……けど、生きるため、仕方ない……」


 四苦八苦しながら虫を捕まえ、針に付ける。大きな岩の上に立って、魚がいそうなところに向けて仕掛けを投じた。


 ――しばし待つ。魚は見える。が、なかなか食いつかない。食べた、と思ってもすぐに離されてしまう。タイミングがよくわからない。


 しばらく試行錯誤していたが……。


「ダメだ! 暑いしやってらんない! 奥の手!」


 自分だけならともかく、ユキのご飯もかかっている。カスタネルラは糸を通じて魔力を通す。


「このくらいなら、今の私でも――」


 魚が近寄ってきたタイミングを見計らい――周囲の水もろとも魚を瞬間凍結させた。


「よし!」


 一塊の氷なので引き上げるのは一苦労だったが、なんとか氷漬けの魚を手に入れた。


「このまま冷やしとけば鮮度も維持できるし、一石二鳥」


 そうして、カスタネルラは同じように釣り? を続け、五匹の魚を確保したのだった。さすがに氷の塊は取り除き、魚だけを凍らせてある。


「……お腹空いたな。ユキちゃんと自分の分で二匹、隣の家に渡す分で一匹、村長へのお礼で一匹、あと一匹はお昼に食べようかな」


 そろそろお昼だし、ちょうど良い時間だ。とはいえ、調理方法もよくわからない。何かあれば言え、とのことだったので村長の家に向かうことにした。


◆◇◆◇◆◇


「こんにちはー」


 カスタネルラが村長の家の玄関で声を掛けると、書類作業中だったのか、眼鏡をかけた村長がドタドタと出てきた。


「おう。ネルか。釣れたか?」


「はい、ばっちり。ただ、お願いがありまして。お腹が空いたので、ちょっとお魚を焼きたいんですが、どうしたらいいかなと」


 借りたクーラーボックスに入った魚を、村長に見せる。


「ニジマスか。うまそうだな」


「良ければ竿のお礼に一匹どうぞ」


「お、いいな。お前の分と合わせて二匹焼いてやるよ。ついでに飯食ってけ」


 村長はニジマスを二匹手に持つと、家の中に入っていった。促されたので、先ほど通された居間で休憩する。暑さは氷の魔術を使えばしのげるのでそこまで大変ではなかったが、思ったよりも疲れた。


「暑かったでしょう。お茶と、あとそうめんあるから食べていきなさい」


 村長の奥さんが、お昼ご飯を出してくれた。白い麺。そして一人一つの黒い液体。これはどうすればいいのだろう。他にも揚げた野菜のようなものをたくさん出してくれた。


「魚は今焼いてる。さあ食おうぜ」


 まず、問題は箸だ。ユキが使っていた様子は見ていたが、どう使っていたのかいまいちピンとこない。とりあえずペンのように持って、何とか白い麺を掬い、口に運んだ。――味がない。


 不思議に思い村長の様子をこっそり見ると、黒い液体に白い麺を浸していた。なるほど。苦労しながら、村長をまねて麺を口に運ぶ。


「ん。美味しい」


 続いて揚げた野菜だ。天ぷら、というらしい。芋、ニンジン、茸。どれもサクサクした触感が美味。次に、緑色のよくわからないものを口に運ぶ。


「これもおいし――――からぁっ!」


 口の中が爆発したように辛かった。慌てて水を飲む。


「お、ししとうが当たったか。たまに辛いのあるんだよそれ」


 カスタネルラが涙目になっていると、奥さんが焼いた魚を持って来てくれた。


 食べて大丈夫だろうか……疑心暗鬼になりながら、口に運ぶ。これは――。


「美味しい!」


「新鮮だからな。あとでユキにも食べさせてやれ」


「はい! 楽しみです」


 食事がひと段落し、お茶を飲みながら、村長がまじめな顔でカスタネルラを見た。


「ネル。改めてだが、お前さんはどこから来たんだ?」


 当然の質問。むしろさっき問われなかったことが不思議だ。一瞬迷ったが、正直に話すことにした。この人は信用できるだろう、と、カスタネルラには思えたのだ。


「私は――こことは別の世界から来ました。ユキちゃんに呼ばれて」


「……そうか。なるほどな」


「驚かないんですか?」


「化け物が現れてその辺うろうろしてる世界だぞ。その位あり得るだろ。色々合点もいくしな。髪や目の色とか、言葉とか、文化とか」


「はあ、そんなものですか」


「そうそう。んで、これからどうするんだ?」


「私は――、ユキちゃんと、一緒にいたいと思っています。彼女は、それを願ったようなので。一緒に暮らして、仕事をして、当たり前に生活ができるようにさせてあげたい」


 少なくともご飯を好きに食べて、たくさん遊べるようになってほしい。あの年頃の子供なのだから。


「そうか……それは、助かる。聞いているかもしれないが、ユキはな。父親がだいぶ前に亡くなっていて、母親と二人で何とか生きてたんだが、母親が突然倒れて、ひと月前に亡くなった。……ここでは、そういった親のない子に対する補助みたいな制度がない。情けない話だがな。孤児院はあるが、そこの子たちは学校にも行かず一日働いて何とか自分の食い扶持を稼いでるような状態だ」


「……思った以上に、過酷ですね」


「そもそも、勉強してどうなる、って世の中でもあるからな……学校や勉強はある意味贅沢になっている。ユキは、母親が死ぬ前に学費を貯めといてくれたんだ。だから学校には行けてるが……このままだと、まともな暮らしは厳しいと思っていた。何とかしてやりたいが、苦しいのはあの子だけじゃない。どうしたもんかなと考えていたが、そんなところにあんたが来た」


 村長は、言葉を区切り、カスタネルラを正面から見据えた。


「頼む。あの子を助けてやってくれ」


 村長は頭を下げる。――そんなこと、必要はないのに。


「もちろんです。だって私は、そのために来たんですから」


 誰かを殺すためじゃない、誰かを助けるために呼ばれたんだ。そう思うだけで、どれほど力が沸いてくるか。前みたいな力はなくても、きっと何とかしてやろう。そう、前向きに思えた。



 

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