第14話:村長

 じゅうじゅうと、何かを焼く音でカスタネルラは目を覚ました。


「あ、起きた? おはようー。今朝ごはん準備してるからちょっと待ってね」


 台所でユキがフライパンを片手に何かを作っている。


「おはよう……信じられない、こんなに寝たの、いつ以来だろう」


「疲れてたんだねぇ。死んだように寝てたよ。あ、お布団たたんで、押し入れに入れて、テーブル出しといて」


 指示されるがまま、布団を試行錯誤しながら畳んだ。テーブルは組み立て式らしく、なかなか苦労したが、何とか設置することができた。


「はい、お待たせー」


 ユキが持ってきたのは、パンの耳を卵と一緒に焼いたものらしい。


「パンの耳だけフレンチトースト。美味しいよ」


 さすがに空腹感があり、カスタネルラも一緒に食べる。甘くて、やさしい味がした。


「ごめんね、私の分まで」


「ううん、食べないと働けないからね! あ、食べたら顔洗ってくるといいよ。トイレは洗面所の横ね」


「色々ありがとう……私頑張るね、何ができるかわからないけど……」


 情けない話ではあるが、カスタネルラにはこういった作業の経験はない。


「大丈夫、わたしがお手伝いできるんだから。とりあえず学校行く前に村長さん家ね」


 食事を終えると、色々設備の使い方を教わりながらカスタネルラも身支度をした。


「着替えも必要ね……買い物とかってどうしてるの?」


「お店はちょっと行ったところにあるんだ。雑貨屋さん、服屋さん、八百屋さんとか、いろいろ。ただねぇ、まずお金がないとね……」


 ため息をつきながら、二人は家を出た。日差しが強い。蝉も全力で鳴いている。


「村長さん家までは五分くらいかな。……あ、おはよー」


 道行く子供に手を振って挨拶をするユキ。その子の視線は、カスタネルラを凝視していた。


「やっぱ目立つよね、帽子もあったほうがいいかも、暑いし」


 ユキを含め、道行く人はみな帽子をかぶっている。夏なので当然だろう。


「お金、たくさん必要ね……」


「仕方ない! がんばれネルちゃん」


「おー!」


 ユキと話していると、昔の自分に戻ったような気がする。魔術師としての訓練を頑張っている日々、無垢な少女だった頃が顔を出す。


◆◇◆◇


「村長さん、おはよー」


 大きな家だ。庭があり、犬がいる。ユキは遠慮なくドンドンと玄関のドアを叩いていた。しばらくして出てきたのは、四十歳を少し超えたくらいに見える、大柄な男性だった。ぱっと見は怖い印象だがよく見ると不思議と愛嬌がある。


「おお、ユキか。おはよう。……こちらは、どなただ?」


 カスタネルラを示して問いかける。


「初めまして。カスタネルラと言います」


「わたしのお友達! 昨日拾ったの!」


「いやそんな犬猫みたいに……」


「事実だもん。なんかね、神社に落ちてたから連れて帰ったんだけど、わたしもお金ないから困ってたんだ、ごはんとか。村長さんお仕事ある?」


 落ちてた扱いだ、間違ってはいないけど複雑な心境である。


「……うん? よくわからんが……外から来たのか?」


「外、というか、まぁこの村ではないところから来たという意味では、はい」


「そうか。一応あとで書類だけ書いてくれ。んで、仕事がしたい……か。うーん、畑の手伝いとかいくらでもあるけどなぁ。畑のおばちゃんたちもいきなりだと驚くだろうし……ユキは学校だろ?」


「うん。午後はまた畑のお手伝いするつもりだけど、午前中はネルちゃん一人」


「さすがにこの見た目で初対面だとなー。……要は、飯が確保できればいいのか?」


「そうだね、とりあえずは。ほんとはお金も欲しいけど、まずはご飯」


「それだったら……釣りしたらどうだ。ちょっと行くと川がある。釣り竿は貸してやるから」


「……釣り?」


「おう。この辺は許可ないと釣り禁止にしてるから、魚はそれなりにいるぞ。許可証はあとで出してやる。釣りはできるか? えーっと、ネル、でいいのか」


「呼び名は何でもいいですけど……一応、知識としては知ってます。やったことはないですが」


「そうか。山菜取りとか、狩りよりはまだ楽だろ。暑いから麦わら帽子も貸してやる。とりあえずやってみな。ここではなんでもやってみて、自分で試行錯誤するんだ。そうじゃなきゃ生きていけないからな」


「……わかりました、やってみます」


「ネルちゃんがんば! あ、そろそろ私は学校行くねー。終わったらここで待ち合わせしよ。一時過ぎくらいには戻るから」


 手を振ってユキは走っていった。元気だ。


「おし、ネル。とりあえず上がれ。書類もあるし、事情も少しは聞いとかないとな」


「はい、お邪魔します」


 村長の家に上がらせてもらう。ここもユキの家と同じく床に直接座る形式だ。このあたりはみんなそうなのだろう。


「あら、お客さん?」


「ああ、新入りらしい。麦茶出してくれ」


「はいはい」


 村長の奥さんだろう。やさしそうな女性が、お茶とお菓子をくれた。少々空腹だったので遠慮なくいただく。


「とりあえずこれな。名前と、年齢と、住所書いてくれ。あ、文字書けるか?」


「書けないです……言葉はわかるし文字も読めますが、書くのはちょっと」


「しゃーないな、代筆してやる。ただ、ここで暮らすなら覚えたほうがいいぞ」


「そうですね……はい。ユキちゃんに教わります」


 いくつかの質問を受け、村長は書類に書き込んでいく。


「よし。とりあえずこれで、ここの住人だ。見た目が目立つからなんか言われるだろうが、村長には了承取ってるって言えば大丈夫だろ」


「ありがとうございます。……あの、ここってこんな簡単に外の人を受け入れるんですか? もしかしたら、犯罪者とか怪しい人かもしれないのに」


 やぶへびかとも思ったが、気になったので問う。実際カスタネルラは、このあたりの人とは人種も全く違うので、怪しまれても不思議ではないと思ったのだが。


「……村によっては、簡単には住めないところもある。新しい人を入れるってのはトラブルのもとでもあるしな。ただ、今はこんな世の中だ。人間自体がだいぶ減って、化け物に怯えながら細々と暮らしてる。だから――今は助け合うべきだと思うんだよな。変な奴でも、話してみれば案外まともで、面白いこともある。とりあえず困ってる奴はどんどん受け入れて、一緒に暮らしてやるのがいいんじゃねぇかな、ってのが、俺の考えなんだ。もちろん何かあれば責任は取るし、最初にヤバいやつかどうかはちゃんと見るけどな」


「――――人を、信じてるんですね」


「こんな時代だからな、人が人を信じなかったら、やってられんよ」


 村長はにやりと笑った。


 ここのところカスタネルラは人を疑い、殺す日々だった。そんな自分だから、彼の言葉がとても深く突き刺さった。すぐには変えられない。だけど、そんな考え方もあるんだと、感動にも似た思いを抱いていた。


 



 

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