第13話:団らん
夕闇を照らす丸い月を見上げ歩きながら、ユキから事情を聞いた。
母が死んだこと。小さな一人で住んでいること。学校へ行ったら食事のために働いていること。でも全然足りなくて、みんなに助けてもらっていること。そして――この世界のこと。
「なんかね、何十年も前に突然化け物が世界中にいっぱい現れたんだって。それで、大きな町はほとんど化け物に奪われちゃったって。人間は必死に抵抗したんだけど、全然歯が立たなくて、わたし達みたいに、こういう田舎の方に逃げて、化け物を避けて暮らしてる」
「――それは……大変ね」
「でもわたしは知らないからねぇ、その前のこと。だからこの暮らしが当たり前なの。化け物よけの柵があるから、そこから出なければとりあえず安全だし。たまに、柵を壊して入ってくる奴もいるけどさ」
そういう時は、集落の自警団の人たちが、頑張って柵の外まで追い出すらしい。
「化け物と戦う組織もちゃんとあるんだよ。確か、『ブレイバー』だったかな。でも、なかなかうまくいってないみたい」
(もしかしたら、私はその化け物を退治するために、呼ばれたのかもしれない)
カスタネルラは歩きながら考える。それが、今回の目的なのだろうか。
「さて。ついた。ちょっとネルちゃんお野菜貸して。んで、そこで待ってて。いきなりこんな美人さん連れてったらおばちゃんきっとびっくりするし」
にひひ、としか形容しようのない笑みを浮かべて、ユキは木製の古い家に入っていった。
カスタネルラはあたりを見回す。木製の古い小さな家が立ち並び、この一角だと大体十件ほど建っている。道沿いにもぽつぽつと家が建っていたが、庭があり、立派な建物が多かったので、この一角は貧しい人たちが寄り合って暮らしているのだろう。
「おまたせー。今日はナスの味噌炒めだって! 美味しそう!」
包みをもって、ニコニコ笑いながら、ユキは隣の家に入っていく。この一角でも一番小さく、古びた家だ。靴は脱いで直接床に座るらしい。台所と、もう一室あり、そこには丸いテーブルが置かれていた。
「ご飯とお味噌汁も分けてもらえた。ただ一人分だねぇ……」
さすがに二人分ください、とは言えなかったのだろう。
「私はいいよ。食べなくても大丈夫だろうし」
「そうなの?」
「そのはず……あれ? なんかお腹がちょっと空いている気もする……」
久しぶりの感覚だ。なぜだろう、と体に巡る魔力の状態を調べ――そこで初めて、世界との接続が切れていることに気が付いた。
「……え?」
「どうしたの? ごはん、いる?」
「ああ、いや、大丈夫。とりあえずユキちゃん食べて」
世界との接続が切れた、ということは、そこから供給される無尽蔵の魔力もない、ということだ。おそらくそのせいで、食事による魔力摂取が必要になっているのだろう。そして何より。
「私、魔力がないと役立たずじゃない……?」
化け物を倒すどころか、自分の食い扶持すらもまともに稼げないかもしれない。
「ネルちゃんナス美味しいよ、一口食べる?」
「……あ、ありがとう」
差し出された木の棒――箸というらしい――から、ナスを咥え取る。美味しい。
「何か困ったことでもあった?」
ユキがこちらを見て問う。
「私……役立たずになってしまったかもしれない」
「ふーん。でも、別に歩いたり、物を運んだり、土を掘ったり……あとはそう、一緒にお話ししてさ、笑ったりはできるでしょ?」
「……うん。まぁ、その位なら」
「ならいいよ。わたしは別に役に立つ人が欲しいわけじゃないし。あ、でも働いては欲しいかな。ごはん困るからね」
ユキの言葉でカスタネルラはまた泣きそうになった。役に立たなくてもいい。そう言われて、ほっとしたのだ、きっと。
「とりあえず……村長に相談して、お仕事貰わないとねぇ。学校終わったら私と一緒に畑仕事手伝うでもいいと思うんだけど、それまでどうしようかな。ネルちゃん何か得意なことある?」
得意。なんだろう。とりあえず魔術はどこまで使えるんだろうか。
「とりあえず、こう……こんな感じで、氷が出せる」
手のひらから小さな氷を生み出す。どうも魔術が発現しづらい場所らしい。例えば一抱えの氷を出そうと思ったら結構大変だろうな、という感じだ。
「おおー! すごい! 手品?」
「魔術――魔法みたいなもの」
「へー、ネルちゃん魔法使いなんだ、やるじゃん」
「ほんとはもっと色々できたんだけど――ああいや、本当は、このくらい、なのか。色々できたほうがおかしかったんだ」
「よくわからないけど、でも夏場だから氷売りとかやったら儲かるんじゃない?」
「商売ってそんな適当にやっていいの? 許可とか」
それ以前に、売るほど大量の氷を出すのが今のカスタネルラにできるかもわからないが。
「うーん……村長に聞いてみないとわからないや。明日起きたら行ってみよう。なんかやることあるかもだし。わたし学校あるから、その間に何するか相談しに行こうよ」
そうして、後片付けをして眠りにつく。布団と寝間着は、ユキの母が使っていたというものを借りた。
「ごめんねそれしかなくて。ちゃんと綺麗にはしてあるからさ」
申し訳なさそうなユキの顔。――自分のほうがよっぽど汚れていると、カスタネルラは自嘲した。
横ですやすやと眠る少女を横目で見ながら、そういえば、眠るのはいつ以来だろうと思いだす。ずっと戦ってばかりで、食べることも寝ることもしてこなかった。
「――生きるって、こういうことだったな」
呟いたら、眠気に襲われた。久しぶりに夢を見るだろうか。
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