第四章 夏の国

第12話:出逢い

 少女は、一人だった。


 唯一の身内だった母は、ひと月前に亡くなった。病気ではあったようだが、まともな医者のいないこの場所では詳しい原因はわからない。日々少しずつ衰弱していく様は見ていて辛かったが、最期は穏やかだったように見えた。


 母に財産はほとんどなく、あった分はすべて治療に費やしてしまったため、少女にはお金がなかった。だから、学校が終わった後は、近所の畑や田んぼ等の手伝いをして、食料やお小遣いを分けてもらう日々だ。


 はっきり言って、食べ物は足りていない。近所の人にお願いして、わずかな食材とお金を渡して、何とかご飯を分けてもらい、生き延びている。母が亡くなったばかりだから、何とかご近所も助けてくれるが、彼らも余裕があるわけではない。そう長くは続かないだろう。


 親を亡くした子が行く施設はあるが、残念ながらそこも余裕がある状況ではない。結局今と変わらない生活だろう。ただ、食事の心配はなくなるようなので、ご近所さんに見限られたらそこに行くしかない、と思っていた。だが、今は少しでも、母との思い出が残る、家に住んでいたかったのだ。


 少女は、この日の仕事を終え、もらったいくつかの夏野菜が入った袋を片手に、神社に来ていた。母が病気になってから毎日習慣のように祈っている。結局母は亡くなったが、最期が安らかだったのは神様のご加護かもしれない、と前向きに考えていた。


 もうすぐ夕方だ、ヒグラシの声が響いている。お賽銭はない。少し後ろめたく思いながらも、ガラガラと鈴を鳴らし、祈る。


「――誰か、一緒にいてくれる人がほしいな」


 大金持ちでなくていい。別に仕事はできなくてもいい。ただ、困ったときに、相談に乗ってくれて、一緒にご飯を作って、食べてくれて、疲れたら、疲れたねって、笑えたら、それでいいから。


「どうかわたしの願いを聞いて――」


 叶いもしない、祈りをささげる。ヒグラシの声が、一際大きく聞こえた。夕日が強く差し込んだ。もうじきあたりが暗くなる。早く帰らないと、ご飯を分けてもらって、宿題もやらなきゃ。


 少女が社を離れようとすると、突然、扉の奥が光り、どすん、と音がした。


「…………え?」


 何か、いるのだろうか。まさか。


 ごめんなさい、と内心で呟きながら、社の扉に手を掛ける。中は薄暗いが、人影が倒れていることは分かった。


「あの、大丈夫?」


 少女は声を掛ける。社に倒れていた人物は、頭を少し振りながら、起き上がった。


「…………ここは?」


 少女は、息をのんだ。夕日を受けて輝き、緩やかにうねる銀の髪、朝焼けのような、紫色の瞳。少女が今まで見た中で最も美しい生き物が、そこにいた。


◆◇◆◇


 カスタネルラは、差し込む光に目を細めながらも、声を掛けてきた人物の顔を見る。少女だ。十歳くらいだろうか。光を浴びて、きらきらと光る色素の薄い髪と瞳。驚いたような、それでいて高揚したような表情を浮かべている。


「ここは、神社だよ。おねえさん」


 少女が質問に答える。とりあえず、神殿であるならば、外に出たほうが良さそうだ。


「そう……ありがとう。――貴女が、私を呼んだの?」


 改めて少女と同じ場所に立つと、少女の小ささ、細さがよくわかった。栄養状態があまり良くないのだろうか。


「え? うーん。そうなの、かな。……そうかも!」


 要領を得ない答えだった。


「……それで、私は何をすればいいの?」


 子供の相手はほとんど経験がない。前の世界では手ひどく裏切られたばかりではあるが、さすがにこんな少女から刺されることはないだろう、と努めて優しく接する。


「えーっと……どうしようかな。──とりあえず、はい、これ」


 少女から手渡されたのは、野菜の入った袋だった。


「それ持って、うち来てほしいな。で、一緒にご飯食べよ」


 屈託なく笑う少女に、心が打たれた。なぜか泣きそうになりながら、カスタネルラは一つ尋ねる。


「……うん。いいよ。ねえ、あなた、名前は?」


「そうか。名乗ってなかったよね。わたしはユキ。おねえさんは?」


「カスタネルラ。……呼びづらいかな」


「呼びづらいね。かす……すた……たね……ねる……」


 少女はぶつぶつと何か言っている。


「うん、じゃあ、ネルちゃんって呼ぶね!」


「ね、ネルちゃん?」


「うん。だって呼びづらいもん、かすたねるら。いこネルちゃん。野菜渡して、ご飯貰わなきゃ」


 そういうと、少女――ユキはスタスタと歩いて行ってしまった。


「あ、ちょっと、待って!」


 あたりを見渡す。既に日が沈もうとしているらしく、だんだん暗くなってきた。蝉の声を聞きながら、石造りの階段を下りていくユキを追いかける。


「――私は一体、何をすればいいんだろう」


 今までは、アレを倒せとか、そういう命令ばっかりだった。今回はとりあえず一緒にご飯を食べてくれ、とのこと。ギャップについていけないが、たまにはこういうのもいいのかもしれない。――どうせ、これだけで終わるはずなんて、ないんだから。




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