第11話:氷の魔女

 カスタネルラは敵軍全てを凍らせたのち、、運河の町へ向かっていた。一歩踏み出すたびに海が凍る。彼女が足を離すと、氷が溶ける。撤退を促せなかったのは多少悔やまれるところではあるが、結果的にこちらの被害は全くなく事態を収束できたので、カスタネルラとしては悪くない成果だと考えていた。


 町の近くでは、万一の事態に備えて船団が待機していた。そこにいる兵たちはは一様にカスタネルラを見て絶句している。――無理もない。魔術が一般に浸透していない世界だ。彼らにしてみたら完全に神の奇跡のようなものだろう。


 畏怖――いや、もはや恐怖すら感じていそうな人々の間を抜け、カスタネルラは氷の橋を造り、町へと降り立った。そのまま、作戦本部へと向かう。相手を撤退、もしくは無力化した後はそこで落ち合う約束となっていた。


「見ていたでしょうけど、終わったわ」


 おそらくこの中で一番立場が上であろう髭面の男に声を掛ける。


「……ああ、部下からも聞いているし、わし自身も望遠鏡越しではあるが見たよ。――なんと、恐ろしいことか」


「相手にもまじない師がいたらしいから、念のためにまとめて処理したわ。似たような力を持っていて、反撃でもされてはたまらないから」


「そこらのまじない師が、あんなことはできんよ。――あれは、まさに悪魔の所業だ。神への冒涜だ。我々は、大罪に関与してしまった」


「……? 何を言っているの? 望んだのは貴方たちでしょう」


「勝利は望んだ。奇跡も望んだ。――だが、あんな虐殺は、望んではおらん」


「何を――」


「魔女の力を借りたとあっては、我々は破滅だ。――あれは、魔女が勝手にやったこと。それが証拠に我々は、のだから」


「――――は?」


 ぞぶり、と、カスタネルラの胸から槍が生えた。口から血が噴き出す。間違いなく致命傷だ。周囲を見渡すと、部屋にいた全員が、武器を構え、怯えた表情で彼女を見ていた。――それはまるで、化け物を見るかのように。


「これは神のご加護を受けた聖なる槍。貴様のような魔女を殺すにはうってつけだ」


「ちょ……ちょっと待って、私、は」


「敵軍を滅ぼした氷の魔女は、我々が退治した。これで、名目も立つだろう。――さあ、皆、とどめを刺せ。死体は火炙りだ。魔女を殺すにはそれしかないからな」


 髭面の男は、至極当然のように言った。これがつまり、この世界の常識なのだ。魔術を使うということは、神に背くということ。彼らにとって、それは禁忌。人を殺さなければまだ奇跡の範疇で済んだが、敵全員を氷漬けにしてしまったことで、それは悪魔の所業と判断されてしまった。


「私は、貴方たちの、ために」


「耳を貸すな、殺せ」


 ――――ああ、失敗した。


 自身を呼び出したものは、当然味方だなんて、愚かな思い込み。立場も、思想も、何もかも違うのだから、簡単に人はすれ違うのに。


 カスタネルラは目を閉じると、最後の力を振り絞る。全力で魔力を開放し――――この部屋、宮殿を含む、運河の町全てを、氷に閉ざした。


 こうして、運河の町で繰り広げられた戦争は、終息した。誰一人として生存者がいないため、正しい記録は残っていないが、恐ろしい寒波が突然町を襲い、一瞬にしてすべてを凍らせてしまったという。


 人々はそれを、氷の魔女の仕業だと恐れ、語り継いだ。



 ――BAD END



◆◇◆◇◆◇


「見事でしたね。絵に描いたような裏切り、手のひら返し。――その世界の常識に合わせて力の見せ方は考えないとなりませんよ」


「――そうね…………もう疲れたわ」


 メリルの言葉に、力なく相槌を打つカスタネルラ。精神的にかなりダメージを受けているらしく、頭を押さえたままベッドでうずくまっている。


「まぁでも、途中までは良かったんじゃないですかね。やり直します?」


「――いえ。さすがに今、彼らを救おうとは思わない。それに、あそこで得られる戦闘経験はないわ」


「まぁそうですね。じゃあ次は……どこがいいですかねー。精神的な学びと、戦争に関する経験を得られたと思うので、あとは……」


 カスタネルラの能力的、精神的な変化は、メリルにとって順調と言える。魔王を殺すにあたり、無駄な情はいらない。ただ圧倒的な魔力で戦闘する間もなく無力化するのが一番手っ取り早いのだ。精神的な崩壊も含めて、メリルの想定通りの結果となっていた。次は、氷の効きづらい相手との戦闘経験を積んでもらおうか――。


 メリルが端末を操作していると……突然、カスタネルラがベッドの上で倒れこんだ。


「…………え?」


 メリルは、何もしていない。だが、カスタネルラの意識は途絶えた。それはつまり。


「別世界へ、意識が転移した? ――私が無理やり介入して送り込んだわけではなく……本当に、呼び出された? 偶然、今?」


 通常、メリルは、各世界からの召喚魔術をたどり、そこでカスタネルラの成長につながりそうなところであれば、無理やり介入して送り込んでいる。だから、召喚条件への合致はあまり関係ない。だが、今回は勝手に呼び出された、つまり、カスタネルラを求める声があった、ということだ。


「しかし、私が介入していないと、世界との接続も切れちゃうと思うんですけどね……まぁ、死んだら帰ってくるか」


 世界と繋がらないカスタネルラは、ただの凡庸な魔術師に過ぎない。そんなものを呼び出してどうするつもりなのか。そもそもなぜ呼ばれたのか。興味はあったが、彼女が送り込んだのでないからモニタリングもままならない。


「元の彼女は雑魚ですから、すぐ戻ってくるでしょう。……その間に私は、次の世界を見繕っておくことにしましょうか」


 ――メリルは知らない。この旅が、カスタネルラの運命を大きく変えることになるとは。


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