第三章 戦争の国

第9話:運河の町

「おかえりなさい、随分と派手にやりましたね」


「今の私には、アレしかできなかった。甘んじて罪は受け入れるわ」


「いえ。罪なんてないですよ。あそこで起きたことは不問ですからね……さて、貴女は二つの世界で、勇者としての立場と、傭兵としての立場を経験しました。次ではまた違った立場で、戦いに身を投じていただきます」


「……どういうところかは、教えてくれないのよね?」


「ええ。その場で判断して、最善の選択ができるようになっていただきたいので」


「そう。――でももう、やれることはあまり変わらないわ。どんな状況であっても、周り全て氷漬けにすれば勝ちだもの」


 犠牲は伴うけれど、と心の中でつぶやいた。


◇◆◇◆


 なんとなく、潮の香りがした。


 広い空間で、窓にはステンドグラスが嵌っている。教会を彷彿とさせる建物だ。


 目の前にいたのは、人のよさそうな若い青年。両手を組み、茫然としている。


「き……奇跡だ……祈りが、神に通じたのだ」


「……神?」


「お、お願いします! 天使様! どうか我らをお救いください!」


 今度は天使とは……面倒そうだ、とカスタネルラは嘆息する。――多くの人を殺し、汚れ切ったこの身を、天使などと呼ぶなんて。


 男に促され、作戦本部とやらに連れて来られた。どうも話を聞くと、この国は今戦争の真っ最中で、明日敵国が攻めてくるのだという。なぜ海から? と思ったが、そもそもこの国自体が島を元につくられた国らしく、町中には運河が巡り、船が交通網を支えているようだ。ということで、戦争となれば基本的には海戦らしい。


「おい! なんだそのみすぼらしい女は。娼婦でも連れ込んだのか!」


 部屋の中にいた偉そうな髭面の男が言い放った。ひどい言われようだ。殺してやろうか。


「い、いえ。私が教会で神に助けを――祈りを捧げていたところ、突然光が満ち、そこから彼女が出てきたのです! 彼女はきっと神の使い! 必ずやこの戦争に勝利をもたらしてくれるでしょう!」


「はっ、どうせ何らかのトリックでもつかったか、追い詰められたお前の幻覚だろう。おい女、いったい何者だ。何の目的でここへ来た?」


「私はカスタネルラ。残念だけど、天使ではない。でも祈りに応えてあなた達を助けに来たのは事実よ」


 部屋の中が騒然とする。魔女、とはあえて名乗らなかった。教会の様子を見るに、あまり歓迎はされなそうと感じたから。


「ほう。なら貴様、何ができる。わしらは明日に戦争を控えている。残念ながら戦力差から敗北濃厚だ。それを救うことができるとでも?」


 成程、ピリピリしていたのはそのせいか。カスタネルラは薄く笑みを浮かべた。


「ええ、できるわ。――なんだったら、証明しましょうか?」


 どうやらこの世界――魔力を持つ者がほとんどいない上、空気中の魔力濃度も低い。すなわち、魔術が一般に普及していない世界だ。


「はっ、やってみろ。それができたらなら、貴様を信用してやらんでもない」


「では」


 カスタネルラが、カツン、と足を鳴らす。答えるように、ゴキン、と大きな音が鳴り――部屋の壁、床、天井を氷漬けにした。


「――なっ……なんだこれは」


「お望み通り、私の力を見せたのよ。ちなみに、この城? 宮殿? くらいだったら、凍結させることもできるけど、やりましょうか?」


 集まっていた人々は顔面蒼白だ。恐ろしいものを見る目でカスタネルラを見ている。


「い、いや、もうやめろ。いいからこの氷を溶かせ……溶かしてくれ。悪かった。非礼を詫びる」


 思ったよりもすぐに謝罪に切り替えた。上に立つだけあってそれなりの器はありそうだ。本当に何処かの胡散臭いやつだと思われていたのだろう。


「地上戦だと少し面倒だったかもしれないけれど……海戦なのでしょう? 相手がたとえ何千、何万の船を出そうが、海を凍らせてしまえばいい。そうしたら船は無力化できる」


「……海を凍らせる? そんなことが可能なのか」


「さすがに全部は無理だけど……敵戦力や数を教えて。最悪足を止めるだけでだいぶ楽にはなるでしょう」


 カスタネルラは地図や敵配置を見せてもらいながら、作戦立案に加わった。これまでとは違う。積極的に、戦いに関与していくのだ。そうでなければ、勝ちは得られない。


◇◆◇◆


「……美しい町」


 あれから小一時間ほど作戦を話し合ったのち、カスタネルラは運河の通る町並みを見回っていた。あらゆる場所が水路と並行しており、船での行き来も盛んだ。島にあるだけあって非常に特殊な風景だった。彼女の住む大陸にも似たような場所はあると聞くが、あいにく見たことはない。


 すでに太陽は傾き、薄暗くなりかけている。夕日に照らされる町並みは絵画のように綺麗で、カスタネルラは思わず息をのんだ。


 もし戦争となれば、この町も占領されてしまうだろう。さすがに戦時ということで、町を歩く人々は疎らではあるが、本来ならきっと人々生活が営まれているはずだ。


「――この町と、風景を守るためにも、戦う意義はあるわね」


 それによって自身が背負うであろう罪を思いながら、カスタネルラは呟いた。


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