第8話:構造改革
「――――また死んだ!!!」
がばっと、ベッドから立ち上がる。
「やっぱり。さっき言ったでしょう。貴女、魔力量で目立ってるから全員から狙われてたのです。一番危険な奴を警戒するなんて当たり前の話。誰かを殺しに行ったら、その瞬間を別の誰かに狙われる。そういう状況なんですよ」
「……気づいていたなら、どうして」
「一度死んだほうが分かりやすいかなと思って」
「……命が軽い」
「軽いですよ、人ひとりの命なんて」
メリルは微笑んだ。
「どうしよう……これじゃあ何をしても同じ。ソウジの家にすらたどり着けない」
「やめますか?」
「……いや、まだ大丈夫。やれることはある。まず、屋上でスナイパーをすぐ殺して、次にそのまま剣士を処理すれば……」
「命が、軽くなってきましたね。それでいいんです」
「――――うるさい」
「またやりますか?」
「ええ、こうなったら何度でも、繰り返すわ」
何度でも、やり直せるんだ。必ずクリアしてやる。
――それすらも、甘かったことに、気づいたのはだいぶ後。
◇◆◇◆
切り落とされた左腕、撃ち抜かれた右足、燃やされた背中、削ぎ落された右目。
ボロボロの中、集めた五つの花びらを眺め、カスタネルラは倒れこんだ。
もう、何度目だろう。覚えていないくらい繰り返し、ようやくここまで来て、この体たらくだ。あと二人、この状況で勝てるとは思えない。勝ったところで、総司は戦闘に巻き込まれ、意識不明だ。
ずるずると体を引きずり、木の下へ。上を見上げると、右手の花びらと同じ、桜の花が咲いていた。
「……ああ、やっと見れた」
なるほど、確かに美しい。
最期に見る光景としては今までで一番だな、と思いながら、深呼吸する。
足音が、聞こえた。
「なんだもうボロボロじゃねえか。つまらん。――まぁいい、お嬢ちゃん。悪いが、死んでくれ」
複数の何かが、こちらに向かってくる。
あ、これは――イヤだ。
何かに、生きたまま、食われている。
ゴリゴリと、骨が削られる音。既に痛みはなくなった。ただ不快な感触と、喪失感に苛まれる。
――気が、狂う。
「せめて、とどめは刺してやる。寄ってたかって一人を狙うなんてどうかと思うんだが、まぁ明らかに危険だからしかたねえな。恨むなら、そのバカみたいな魔力を持った自分を恨め」
――これは、私のじゃ、ない。
ぞぶり、と、首元に牙が食い込んだ。
――やっと、終わりだ。もう、たくさんだ。もう、知らない。次は、次こそは――。
――――DEAD END
◇◆◇◆
「お帰りなさい、どうでしたか?」
「……過去最高の結果だった。でも駄目だった。何をしても、今の私では届かないことが分かった。――だから、もう、終わりにするわ」
起き上がったカスタネルラの目つきは、最初のころからは比較にならないほど鋭く、陰惨になっていた。
「……おや。もうやめますか?」
「ええ、次で、終わり」
ひきつったような笑みを浮かべるカスタネルラ。そうして、また、別世界へと跳んで行った。
「……順調ですね」
メリルは呟いた。才のないものが強くなるには、壊れるしかないのだ。一度壊さないと、作り直すことはできないのだから。
◇◆◇◆
――説明は終わり、既に他の連中は部屋から出ていた。残っているのは、カスタネルラと総司、そして、説明役の男だけ。
「カスタネルラ……? 行かないのか?」
総司の言葉を無視して、説明役の男に問いかける。
「確認だけど。この部屋を出たら、殺し合いは始めて良いのよね?」
「ええ。間違いありません。……既に先に行った連中は臨戦態勢でしょうね。何せ貴女がそんなにも殺気を放っているのだから」
カスタネルラは意図的に自身の魔力をずっと開放している。おかげで部屋の中はずっと張りつめた空気となっていた。
「そう。……想定通りね。ソウジくん。君は……そうね、十五分くらい、ここに残っていてもらえる? それで、終わるから」
「終わる……?」
「もう一つだけ。この町で何をしても罪に問われることはないのよね?」
「ええ。それは保証します」
「そう。ならいいわ。少し寒いかもしれないから、部屋の温度は上げておいてね」
カスタネルラの呟きに怪訝そうな顔をする二人。彼女は部屋を出た瞬間、その右足を思いきり地面に振り下ろした。
――その、瞬間。
床が、壁が、窓が。視界にあるすべてがカスタネルラの足を起点に一気に凍り付き始めた。唯一、元いた部屋だけは無事に残っているが、氷はさらに侵食している。――この建物全体を覆いつくさん勢いだ。
「まさか……」
「はじめの一歩で、戦闘を開始とは……なかなか攻撃的ですね」
「一手でも待ったら、無事じゃすまないのよ。……じゃあ、また後で」
カスタネルラは、凍り付いた窓を砕くと、そのまま氷の台を生成し、屋上まで移動した。まるで生きているかのように、氷が動く。彼女の氷の魔術は、これまでの経験で相当洗練されていた。
「まず一人」
屋上では狙撃手が氷漬けになっていた。突然すぎて反応もできなかったのだろう。カスタネルラは狙撃手を氷もろとも砕き、右手に花びらを一つ増やした。
それからは同じことの繰り返しだ。ビルを出てどこかに身を隠そうとしていた剣士は、剣を抜いた中途半端な姿勢で氷漬けになっていた。炎使いも、獣使いも、残りもすべて、ビルからほど近い場所で氷漬けだ。
――まさか、いきなりここまでしてくるとは誰も考えていなかったのだろう。全員が驚愕の表情を浮かべていた。それも当然。だって――ビルの周辺どころか、桜花町の一部……ビルから橋までの半径数百メートルの範囲は、すべて氷漬けになっているのだから。
もちろん、そこに住んでいた人々もろともに。
再び、カスタネルラはビルの屋上に戻ってきた。凍り付いた街を見渡す。様々な車が、人々が走り回り、あたりは騒然となっていた。それを一瞥し、自らが行ったことを刻み付けると、再び元の部屋に戻った。
「終わったわ」
右手を掲げる。そこには七枚の花弁が、桜の花を形作っていた。
「……正直、貴女を見くびっていました。まさかここまで手段を選ばないとは」
「そうね。自分でも驚いたわ」
総司は、何が起きているのかよくわからない様子だった。
「一体、何が……?」
「貴方の目的は達せられた、ということよ。さあ、願いが叶うという道具を、彼に」
「――ええ、約束ですから。しばしお待ちください」
説明役の男が、どこかに消える。
「――ソウジくん」
「ほ、本当に、俺は彼女を助けられるのか? ありがとう! カスタネルラ、本当に、ありがとう……!」
「礼を言われるほどのことはしていないわ。それに……たぶん君は、後悔する。きっと長く苦しむでしょう。でも、私は今できる最善を尽くしたつもり。だから――」
何かを察知したのか、総司は黙った。
「また次があったら、その時は、犠牲のない勝利を目指しましょう」
そういって、少しだけ微笑むと、カスタネルラはそこから姿を消した。
――桜花町におけるその日の死亡者は、百名以上。そのすべてが氷漬けとなり、帰らぬ人となった。
その日、救われたのは、不治の病と言われていた、一人の少女だけだった。
――――BAD END
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