第7話:反省会

「何たる間抜け。殺す覚悟もないままに、殺し合いに身を投じるなんて。――そんなことができるのは、物語の主人公だけですよ」


 メリルの平坦な声で、カスタネルラは目を覚まし、ベッドから立ち上がる。


「いった……」


「義体とはいえ、頭を吹き飛ばされたんだから当然です。そして――貴女、自分の力を過信し、相手を過小評価しましたね?」


「…………そうね」


 何も反論できない。なぜ、正面切って戦った場合の実力だけを図って、余裕だと判断してしまったのだろうか。バトルロイヤル、という言葉で、乱戦を想像してしまったのか。よく考えれば市街地での戦闘だ。狙撃、闇討ち、罠が本領ではないか。


「全く、戦闘のセンスは相変わらず欠片もないですね。その上、あんなに魔力を垂れ流す。あそこにいた全員、貴女を警戒していたのわかりましたか?」


「……え?」


「元々大して強くないから目立ち慣れてないし、気配にも鈍感。大きな薬味を背負った鴨ですね」


「……メリル、あなた、前回よりだいぶ言葉に遠慮がない」


「多少は厳しく言わないと響かなそうなので」


 カスタネルラは頭をかき、大きく嘆息した。最後に思い出したのだ。あの誰かを救おうとしていた少年が、無残に頭を撃ち抜かれる姿を。


「きつい……」


「そうですね。同情はします。……リタイアしますか?」


 突然の確認に驚いたが、カスタネルラは迷わず首を振る。


「いいえ。まだ二回しか死んでいない。いくらでもやれるわ。……ソウジくんのことは、悔やまれるし、とても悲しいけれど」


「ならば、やり直しますか?」


「…………え?」


「言いませんでしたっけ。いくらでもやり直せる、と」


「……火竜のとき、何回も挑める、とは」


 それは、自分が死んだところからやりなおす、ということではなかったのか。


「出会った地点に復帰できますよ。……先ほど死んだあなたや、呉羽総司が生き返るわけではありませんが。――色々理屈はあるのですが、並行世界の話は長くなるので割愛しますね」


「よくわからない、けれど」


 やり直す機会があるのなら。


「やるわ。――今度は、あんな無様な死に方はしない」


 カスタネルラは拳を握りしめた。


「ちなみに、作戦を伺っても?」


「――作戦?」


「ええ。――まさか、無策で? また死にたいんですか?」


「そ、そんなことはないわ。そうね……とりあえず、私を撃ったあいつ。彼をマークして、先手を打って倒すわ」


 あの狙撃手に撃たれないようにすれば、ひとまずあの橋は越えられるはずだ。


「……ふうん。そうですね。いいんじゃないでしょうか。では、行ってらっしゃい」


 メリルが薄笑いを浮かべている。気にはなったが、とりあえず行こう。今度こそ、彼に勝利を――。


◆◇◆◇


「貴女は――花を咲かせられるでしょうか?」


 説明役の男が語る。何度聞いても気味の悪い台詞だ。カスタネルラはそう思いながら、総司を促し足早に部屋から出る。ほぼ同じ流れで、このゲームの参加権を貰うところまでは来た。極力魔力を抑え、目立たないことを心がけてはいるものの、うまくいっているかはよくわからない。ひとまずこのまま帰るのではなく、建物の屋上へ向かい、先に出た狙撃手を処理する必要がある。


「ソウジくん。屋上へ行くわ」


「え……? 帰らないのか?」


「もう戦いは始まっている。既に私たちは狙われているの。――先手を打つ必要がある。一緒に来て、私から離れないように」


 昇降機に乗り込み、最上階へ。そこから階段を使い、屋上へ向かう。本来なら閉まっているはずのドアは、開いていた。


「貴様……」


 狙撃の準備をしていたのだろう。黒ずくめの男がカスタネルラに振り向き、銃を構える。


「――遅い」


 ここはカスタネルラの間合いだ。まず銃を凍結させ、そのまま屋上全体を氷漬けにした。黒ずくめの男は、顔だけ出ているような状態で全身氷に覆われている。


「さて……私はできれば貴方を殺したくない。リタイアしてもらえないかしら。なんだったらさっきの部屋まで付き合うけど」


「――馬鹿にするなっ!」


 だが、男は動くことすらままならない。何らかの魔術を使ったようだが、カスタネルラのものには遠く及ばないのだ。氷の表面に傷すらつかなかった。


「正面切って戦えば、敵じゃない。……ただ、リタイアする気はないようね。仕方ない……か」


 殺人。今で手を染めたことはない。が、知識として、どうすれば人が死ぬのかは知っている。魔術を使えば一瞬だ。


 葛藤しつつ、総司に声を掛けようと口を開く。この男を殺すと、彼に最終確認と、通告をしよう。


 ――人を殺す覚悟を決めようと、そう、思った時だった。


 コロコロ、と、後ろから何かが足元に転がってきた。


 後ろには総司がいた。いた、はずだ。なのに。なんで。


 


「開始と同時にはしゃぎ過ぎだよ。まぁでもおかげで――二人分、手に入った。お姉さん、力は強いけど戦い慣れていないね」


 ぞぶり、という音と共に、カスタネルラの胸部から刃が生えた。――なんて、迂闊。スナイパーに気を取られ過ぎて、後ろからだれかが追いかけて来ることを想定できていなかった。


「獲物を狩る瞬間が、最も無防備、らしいよ。次があったら覚えておくといい」


 どくどくと、流れる血で、呼吸ができない。最後にせめて反撃をしようと思ったが、刺さった刃の影響なのか、氷を放つことすらできなかった。


 死神を彷彿とさせる、細長い風体の少年を茫然と眺める。振り上げられた刃が、カスタネルラの首に迫った。


 首が胴体から離れても、瞬きをすることができるというのは新しい発見だ。視界には空。そして大きな満月。


 ――ああ、月が、綺麗だ。そんなことを思いながら、カスタネルラの意識は消滅した。



 ――――DEAD END


 


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