第6話:死の橋
「……どうだった?」
隣を歩く少年、
『――この部屋を出た瞬間から、貴方たちは敵同士です。では、夜道にはお気をつけて』
であった。全く、趣味が悪い。カスタネルラは右手に付与された、ピンクの花弁を眺める。
「それ、桜の花だな」
「……サクラ?」
「ああ、ほら、この辺にもある。あともう少ししたら咲く、この国の名物みたいな花だよ。ピンクとか白とかで、綺麗なんだ。この町の名前も、その花からとられている」
なるほど。だから、この殺し合いの範囲が町中で、このマークなのか。魔術においてこういった繋がりは非常に大事だ。
「……正直、実感がわかない。本当に、これが、殺し合いの参加券だなんて」
彼は本当に、魔術的な世界への関りがほとんどないのだな、と思う。おそらくこの世界において、殺人の忌避感はカスタネルラの世界よりさらに上だろう。そんなところで暮らしていた一般人にとって、間接的とはいえ人を殺すことの重みを背負えるのだろうか。
「そう。……改めて聞くけれど、本当に、この殺し合いに参加する、でいいのね?」
それは、自分への最終通告でもあった。
「……人殺しは、しなくてはいけないのかな」
「え?」
「例えば、殺さずに、無力化すれば、何とかなったりしないかな。――いや、直接戦わない俺が言うセリフじゃないな、忘れてくれ」
「…………生き残れ、とは言われたわ。でも極端な話、全員がリタイアすれば誰も殺さずに済むかもしれない」
下を向いていた総司が、弾かれたように顔を上げた。
「そうか、確かに。例えば――貴女が、圧倒的な力で、他の連中を制圧して、リタイアさせれば、難しいけれど、無理じゃない……」
一応、魔力の提供などペナルティはあるらしいが、リタイア自体はルール上認められているし、そのための連絡先ももらっていた。
「簡単ではないけれど……そうね、私の見立てでは、今日のメンバーの中で、魔力は私が圧倒的に多いことは感じ取れた。やり方次第では、行けるかもしれない」
先ほどの見立てでは、戦い方を誤らなければ魔術で圧倒できるように思える。少なくとも火竜などに比べれば、十分倒しうる相手だ。氷漬けにしてしまえば、何とかできるのではないだろうか。
「そ、そうか。いや、さすがに俺も、他の人を殺して願いを叶えるのはどうかと思っていたから……よし、その方針で行こう。早速作戦会議だ」
「作戦を立てるなら、この町から出たほうがいいわ。今は、誰に狙われるかわからないし、常に臨戦態勢でいるのは疲れるから……一度、状況を整理して、改めてこの戦場に挑みましょう」
そう。戦闘区域が決められているのだから、一度離脱すれば、安全は確保できる。
「確かに……よし、色々考えられることはありそうだ。まず俺の家まで戻ろう」
総司の家は、桜花町の隣町にある。ここからは大きな橋を渡ってしばらく歩けば着く。徒歩で十五分ほど。カスタネルラは今結界を張り、全力で警戒しているが、それをしなくて済むだけでもだいぶ楽になる。
幸い、橋までは特に何事もなく到着した。ここを越えれば隣町。一安心しつつ、二人は橋を渡る。巨大な橋だ。これだけの建造物を建てる技術に驚愕する。橋の上から見る町並みは、美しかった。カスタネルラの元いた町は、もっと柔らかな光で数も少なかったが、ここはまるで星空のように地上が輝いている。そんな風景に、目を奪われた。
――町の境は、ちょうど、橋の半分。そこをまさに超えようとしたとき。カスタネルラの背筋に、寒気が走った。
慌てて振り向く。――瞬間、衝撃と共に、左側の視界が消失した。
「……え?」
呟いたのは自身か、あるいは総司か。
ぐらり、と倒れながら、残った右目の視力を強化し、弾丸が飛んできた場所を見た。
そう、カスタネルラは撃たれたのだ。このあたりで最も高い建物の屋上。先ほど彼らが説明を受けた場所。ここからは数百メートルも離れた地点。そこからの狙撃。結界はあっさりと貫かれ、寸分たがわず、彼女の頭、左半分を吹き飛ばした。
右目に映ったのは長い銃を構えた男。先ほど、解散の後、真っ先に建物を出て行った。狙撃をするために、早く移動したかったのだろう。
カスタネルラが倒れると同時、視界に入ったのは、こちらに駆け寄る呉羽総司の頭が吹き飛ぶ光景だった。
――ああ、なんて、甘さ。
殺意を持って来ている殺し屋を、ただ無力化しようだなんて。
覚悟が全く足らなかった。殺し殺される覚悟がないままに、あの場所に立ってはいけなかったのだ。そんなことに、やっと気づき、少年と少女は、日常との境界線の一歩手前で倒れ伏した。
――――DEAD END
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます